002 記憶の限り

―――結構大きい建物だったんだな…。


 遠くからは普通の山小屋にしか見えなかったが…近づくにつれ、その大きさに驚きを隠せなかった。

 小学校の体育館くらいの大きさはあるだろうか。

 これだけの建物、少なくとも通常サイズではないはずだ。

 ますます賢者けんじゃがいるパターンが濃厚となる。


「すみませーん、誰かいませんかー?」


 いきなり扉をドンドン…というのも気が引けたので、扉に向かって声をかけてみる。

 しばらく待ってみるものの、返事はない。

 相変わらず煙はあがっているので、誰かはいると思うのだが…やはり警戒されているのだろうか。


―――はっ!まさかヤバい敵のアジトだったりして…。


 何が敵で何が味方か、というのは実に相対的である。


 現実世界であれば、正義の天秤てんびんにかける、すなわち良心に従うという判断基準がある。

 しかしここは異世界…のはずである。

 とすると、この世界の天秤を知らない俺にとって、敵の判断は難しい。

 まあ、ふりかかる火の粉なら振り払うまで。


―――あ…武器なんにも持ってないんだった…。


 ちょっと格好をつけてみたものの、備えが何もなかった。

 これでは百戦危うくなってしまう。


―――魔法が使えるパターンかな?えっと…。


 とりあえず記憶をたどり、アニメの知識をフル活用してみる。


「ファイア・ボールッ!」


 全力で叫んでみたが、違ったようだ。何も起きない。


「ヒールッ!」


 毛色を変えてみたものの、やはり何も起きなかった。

 少しづつ雲行きが怪しくなってくる。


―――まさか魔法も使えない?チートもない?…ないない。異世界転移にチートはセットだし。


 よく考えると、努力で何とかしようとする前にチートを頼る…そんな何とも悲しい心境になっているのだが、突然の異世界なのだ。

 その辺は仕方あるまい。


 再度、扉に向かって声をかけてみる。


「すみませーん、怪しい者ではないんです。道をおたずねしたくて…。」


 玄関先で「ファイア・ボール」だの「ヒール」だの…叫んでいた人間が怪しくなければ、何が怪しいのだろうか。

 思いっきり突っ込みたくなるようなことを言ってしまった。

 当然というべきか…またしても返事はなかった。


―――今回に限っては…俺が悪い気がする。


 やってしまったことは仕方がない。

 気を取り直して、扉に耳を当ててみた。


「誰もいないのかな…?」


 煙突からは相変わらず煙が立ちのぼっている。

 しかし、音は何も聞こえてこない。

 警戒されているのだろうか、あるいは本当に留守なのだろうか。


―――留守だとしたら…まずいよな。


 煙が出ているということは、暖炉に火が付いているということだ。

 暖炉周りの耐火性能が高いことは、想像にかたくない。

 難くないが、危ないことには変わりないと思う。


 恐るおそる扉に手をかける俺。


「…。」


 どうやら鍵はかかっていないようだ。

 わずかな恐怖心とちょっとした好奇心から、ゆっくりと…少しだけ扉を開けてみた。


「失礼しまーす…。…ん?荒れてるな。」


 いきなり失礼な言葉を口走ってしまうほどの惨状だった。

 ずいぶんと散らかった室内。

 いや、散らかっているというよりも、しばらく使われていないと形容するのが正しいかもしれない。


 そして予想通り、部屋の奥に見える暖炉には火がついていた。


「やっぱり危ないよな…すみません、失礼します…。」


 山火事にでもなったら一大事である。

 どのみち行くあても、頼るあてもないので…住人帰宅までの間、勝手ながらお邪魔させてもらうことにした。





 部屋は広いものの、外観ほどの大きさは感じなかった。

 ただ、周囲には扉がたくさんある。

 きっと、倉庫のようになっているのだろう。


「…。」


 とりあえず足元に転がっているイスや箱をどかしつつ、暖炉までの経路を確保することにした。


「おわっ…ほこり凄い…。」


 ほこりに軽度のアレルギーを持つ俺にとって、これは結構つらい。

 ただ、くしゃみは出なかったし、いつものようにムズムズもしない。

 これが異世界クオリティなのだろうか。


―――そこだけは…ありがたいな。


 それはさておき、暖炉前まで無事に到達できた。


「あったかい。やっぱりあたたかさって…最高だよな。」


 布団のぬくもりに負けた結果の異世界転移なのだが…布団は悪くない。

 時系列がそうというだけで、因果関係はないはずだ。


―――なんと無駄な思考を…って、あれ?何かおかしい。


 暖炉の火に、違和感を抱いた俺。

 じっくりと眺めること数分、答えは想定外のところにあった。


まきがない!」


 そう、ただ火だけがそこにあるのだ。

 現実感のない不思議な光景。

 薪がないのに燃え続けている火。


―――どうなってるんだ、これ…?


 下に穴が開いているのか、あるいは偽物の火なのか…。

 じっくりと観察してみたが、全く構造がわからない。

 近づけないほどの熱量があるため、本物の火であることは理解できる。


―――そうか…魔法の火か!


 突飛な結論を得て、またしても妙な高揚感に包まれた。

 どうやらこの世界には魔法があるらしい。


 これはチートに期待が持てる。


 しかも消えない火とは…。

 ここが賢者の隠れ家である可能性も急上昇。

 期待はストップ高。


「俺の…異世界チートライフ!」


 なんてすばらしい響きだ。


―――よし、魔法があるんだから…。


 俺は前を向く。

 現実を受け入れたくはないのだが、強引にでもポジティブを維持しないと…なんだか大変なことになってしまうと思う。


 とりあえずは魔法だ。魔法が使えれば、異世界ライフは充実する。


「シャイニング・ブレイク!」

「メテオ!」

「ファイア・バーン!」


 何も起きなかった。

 室内で唱えるべきではない魔法であることには…数分後に気づいた。

 その後も記憶の限り、魔法っぽい言葉を唱えてみたのだが…どれもヒットしなかった。


 やはり杖が必要なのかもしれない。

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