004 身分証明

 ウッドさん手書きの地図を頼りに、山道をズンズンと進む俺。

 地図がなければ普通に遭難そうなんしかねない。


―――雪とか無くて本当に良かった…。


 安堵あんどと緊張がないまぜになるなか、足を必死に動かす俺。


 しばらく進むと、地図に示された平原へいげんが見えてきた。

 平原の先には町らしき場所が見える。

 ここまでくれば迷うこともない。

 走り出したい気持ちになるが、絶対にスタミナがもたない距離なので、ぐっとこらえて歩を進める。


―――結構大きいんだな…。


 町の入口と思しき門から見える…都会的な景色。

 高層の建造物まではないようだが、重厚な造りの建物が確認できる。

 行き交う人々からも、どこか都会的な印象を受ける。


 呼吸を整え、入口に近づく。緊張の一瞬だ。


「身分証をお願いします。」


 門番と思しき衛兵さんの一言。

 しかし困った…身分証などもちろん持っていない。

 仮にもとの世界の身分証があったとしても、怪しまれるだけだとは思う。


―――困った…黙ってても余計に怪しいし…。


 考えることコンマ数秒、誤魔化す方向へと舵をきった俺。


「すみません、旅の者なんですが…身分を証明できるようなものがなくてですね…。」

「おやっ、山賊さんぞくにやられましたか…。最近多いんですよね…お怪我はありませんか?」

「え?あ、いえ、大丈夫です。」


 山賊とは穏やかではない。


「では…お名前と出身地をお願いします。身分証は町のギルドで再発行してもらってください。」


 ギルドという言葉に胸が高鳴る。

 アニメで幾度いくどとなく耳にした言葉だ。

 しかし、またしても困った…名前はともかく、出身地とは。


「えっと、コウタといいます。出身は…サクラの町です。」


 とりあえず現実世界の地名を言ってみた。

 疑われるかもしれないが、知らないものは…どうしようもない。


「へぇ、初めて聞く町ですね。荷物を失礼…うん、特に危険物はないようですね…。はい、ではお通りください。」


 軽い荷物検査をされた後、町へ入ることを許可された。

 危険物もなにも、例の本を書き写した紙とペン、あとはパジャマぐらいしか持っていないのだが。


 毎度こんなやりとりをするわけにはいかないので、やはり身分証をつくらなければ。

 そもそも持っていないので再発行ではなく、発行してもらわなければならない。


―――困ったな…とりあえずギルドへ行ってみるか。


 自分が何者か証明せよ、身分証なしにこのお題は難しい。


 現実世界でも、学生証なしに自分が自分であることの証明はかなり厳しいと思う。

 そんな哲学的な思考はさておき…。

 アニメの知識から考えるならば、ギルドでは冒険者証のようなものが作れるはずだ。

 冒険者証ならば身分証にもなるだろう。


 ギルドは町の中心地にあると相場が決まっているので、賑わっている方へ賑わっている方へと進んでいく俺。

 途中、剣を携えた人とすれ違うことが増えてきた。どうやら目的地は近いらしい。





「ここがギルドか…すごいなぁ…。」


 おもわず声が漏れてしまうほど荘厳そうごんな建物だった。

 年季の入った木造平屋建てといった感じか。

 まさにアニメの世界観そのままといった雰囲気。


 装備がこすれる金属の音、飛び交うモンスターという単語…まさに俺が思い描いていた「ギルド」そのものが目の前に。


 表現しきれない高揚感をおさえつつ、なかに入る。

 ギルド…ホールというのだろうか、室内は冒険者らしき人たちでごった返していた。

 手刀てがたなをきりつつ人をかきわけ進むと、受付らしきカウンターがいくつも並んでいた。


「こんにちは!どうかされましたか?」


 手前にある受付の女性と目が合い、声をかけられる。

 かわいい…ではなく、妙な緊張感が走った。


「えっと…すみません、実は身分証を失くしてしまいまして…。身分証なしに冒険者証?か何かをつくることってできたりしますか?」


 証明するものなしに証明書をつくってくれ…という、大変に都合の良いお願いをしてみた。

 にべもなく拒否されるだろう。


「あぁ、山賊にやられたんですね…。最近多いなぁ。大丈夫ですよ、冒険者証をつくるのは初めてですか?」


 なんと大丈夫だった。


 異世界の管理…ゆるすぎないか。

 俺的には助かったが、さすがに心配になるセキュリティ。


「あ、初めてです。」

「そうですか…それだと冒険者登録を受けていただく必要があります。いくつか要件がありますので、ご説明しますね。」


 幸い試験のようなものはなかった。

 唯一ひっかかるとすれば、ステータスの合計が100以上でないと登録できないという要件だった。


―――チートがばれるかな…。


 そう思っても偽装方法など知らないので、ありのままでのぞむしかない。


「では、この機械に手をかざしてください。」


 てのひらサイズの機械が登場した。

 もうちょっと異世界っぽい見た目を期待していたのだが、現実世界のキッチン用スケールに似ている。


 そんな肩透かし感はさておいて、緊張のまま手をかざす。


「はーい、そのままお待ちくださ…えっ!?」


 ほら、やっぱりばれてしまった。


 異世界転移系…特に俺TUEEEEEのアニメでは醍醐味だいごみなのだが、現実に直面すると複雑な気持ちになる。


「しょ、少々お待ちください。」


 受付の女性が大慌てで奥の部屋へと走っていく。


―――仕方ないか…。


 諦めて現実を受け入れよう。

 どうせチート級のことをしまくる予定なので、目立つタイミングが少しはやまっただけのことだ。

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