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「……ええっ!」


 青天の霹靂へきれきだった。


「お父さんがね、もうそういう手続きをしてしまっているから……もちろん、キャンセルもできるけど、だからと言って、どこの大学にも出願してないから入試は受けられないし……私、日本に居場所がないのよ。それはお父さんも同じ。今のお父さんの生活の基盤はロシアだから……一度はロシアに戻らないといけない。それにね、お父さん、すごく気落ちしてしまってて……しばらくそばについててあげたいの」


「そ、そんな……僕は、先輩と一緒にいたくて……それなのに……」


 それだけを言うのが、やっとだった。


「分かってる。私も長くロシアにいるつもりはないわ。お父さんのいろいろなことに決着を付けたら、日本に戻ってくる。でも、それがいつになるのかは……わからないの。だからね、ハマちゃん……」


 そこで先輩は、僕の左右の二の腕を、それぞれ右手と左手で掴む。彼女の両目には、涙がたたえられていた。


「私、ハマちゃんとの確かな絆が欲しい。お互いがお互いを、忘れられないように……してほしい。私の言ってる意味……わかるよね?」


「……」僕は小さくうなずく。


 きっと先輩も悩んだに違いない。彼女のロシア行きは、深く悩み、考え抜いた末に彼女が出した結論なのだ。彼女の性格から考えて、ロシア行きを翻らせるのは……たぶん無理だと思う。

 だとすれば……僕にできるのはただ一つ、彼女の言う通り、お互い会えなくなっても忘れられないように、絆を結ぶ……つまり、契りを交わす、ということだ。


 なんとなく、今日はそんなことになりそうな予感はしていた。だけど……こんな切ないシチュエーションになるとは……なんだか、僕も泣きそうになってきた……


「ね、ハマちゃん……お願い……」


 先輩の頬を、涙が伝う。


「先輩……」


 そう言ってみてようやく、僕は緊張で自分の声がかすれていることに気づく。


「僕……その……経験、ないんで……上手くできない、と思うんですけど……」


「大丈夫よ」先輩が微笑む。「信じてもらえないかもだけど、私も……初めてだから」


「……ええっ?」


 思わず大声になってしまった。


「でも、先輩、妹尾さんと……」


「彼とはね、結局、そういう関係になる前に……終わっちゃったの。だから……ハマちゃんに……私の初めて、もらってほしい……」


 先輩の両の頬が、赤く染まる。


 くうううっ!


 先輩、かわいすぎる!


 もうダメだ。僕の理性は陥落寸前。先輩を抱きしめて押し倒したくなる気持ちを、必死に抑えつける。それをやったら、さすがに先輩も傷ついてしまうだろう。


「先輩……」


「ね、ハマちゃん、その『先輩』っていうの、いいかげんやめにしない? 敬語もなしにして」


 言いながら、先輩がちょっとだけ口を尖らせた。


「え……」


「令佳、でいいよ。私も……ハマちゃん、じゃなくて、悠人って呼びたいから……」


 先輩が……いや、令佳が柔らかく微笑み、僕の目の前に顔を近づけてきた。そして彼女は……両眼を閉じる。


 そのまま僕らは、唇を重ねた。


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