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 いきなりの哄笑。


 亜礼久さんだった。僕らに背を向けたまま、彼は笑い続ける。


「親父?」と、健人さん。


「お父さん?」と、令佳先輩。


 亜礼久さんの笑い声は止まらない。


「お父さん……」令佳先輩が亜礼久さんに駆け寄る。


「まったく」ようやく笑いを止め、だけど相変わらず僕らに背を向けたまま、亜礼久さんが言う。「私はとんだ道化だったようだ。まさか娘にまで……裏切られていたとはな。笑わずにはいられんよ。いったい私は……今まで何をやってきたのだ……」


「お父さん……違うの。裏切ってたわけじゃない。私には、お父さんがノヴィ・スヴェトに取り憑かれているように見えたの。だから私は……お父さんを、解放したかった。ノヴィ・スヴェトから……」


「いいんだ。何も言わなくていい。お前の……好きにするがいい。私には……もう、何も残されていないのだから……」


「そんなことない!」令佳先輩が、亜礼久さんの背中に向かって声を張り上げる。


「!」亜礼久さんが、ビクリと反応する。


「誰が何と言おうと、私はお父さんの娘です。私はここにいます。だから、何も残されていない、なんて言わないで……」


「令佳……」


 心なしか、亜礼久さんが涙声になっているように感じられた。


「令佳……全くお前は、お人よしだな」健人さんだった。


「え?」令佳先輩が、健人さんに振り向く。


「確かにお前は昔っからお父さんっ子だったからな。だけど親父は、そんなお前を自分の操り人形にしようとしてたんだぞ。それでもお前は、親父をかばうって言うのか?」


「私はお父さんの操り人形にはならない」令佳先輩は、はっきりと言い切った。「それでも……私はお父さんが、好きだから。私の、この世でたった一人の……お父さんなんだから……支えてあげられる限りは、支えてあげたいの」


「……聞いたか、親父」苦笑しながら、健人さんが亜礼久さんの背中に語り掛ける。「令佳も随分したたかな、でもとても優しい女に成長したじゃねえか。あんたに恋人と別れさせられた、ってのに、それでもあんたを支えたい、って言ってんだぜ。まさに女神のようじゃねえか。あんた、それ聞いて、なんとも思わないのか? これ幸いと、また令佳を自分のコマとして利用するつもりなのか?」


「……」亜礼久さんは無言のままだった。健人さんは続ける。


「僕は正直、令佳みたいな気持ちにはなれない。だけど……令佳の言う、あんたをノヴィ・スヴェトから解放させたかった、っていうのは……分かる気がするよ。そしてあんたは今、ノヴィ・スヴェトから実際に解放されたんだ。だったらもう少し、家族に目を向けても……いいんじゃないか? 自分のコマとして利用するんじゃなくてさ……家族の本当の幸せってものが何なのか、父親として……考えてくれても……いいんじゃないのか?」


「……」


 相変わらず、亜礼久さんは背を向けて沈黙したままだった。だが、彼の肩が震えているのが、明らかに見て取れた。


「……帰ろうか」


 僕はみんなに声を掛ける。


 そう。


 ここからは令佳先輩の家族の時間だ。邪魔しちゃいけない。


「そうね」


 茉奈が言うのと同時に、全員が同じタイミングでうなずいた。


---


 <[ハマちゃん、大晦日の夜、一緒に年越し初詣に行かない?]


 令佳先輩からそんな LINE が入ったのは、その二日後、12月29日のことだった。


  [もちろん行きます!]>


 僕が速攻でそう返信すると、


 <[じゃ、白山神社前のバス停に23:00集合でいい?]


 と、返ってきた。


  [いえ、僕が先輩の家まで行きます。で、行き帰り付き添います]>


 そうするべきだろう。時間も遅いし、「彼氏」としては「彼女」を守るのが当然だ。


 <[ありがと。それじゃ、お言葉に甘えるわ]


 先輩から初詣に誘われるなんて……予想外だった。だけど……嬉しかった。また、先輩と一緒に過ごせるんだ……


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