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「……!」健人さんの顔色が変わった。「なん……だと?」


「だけど、もうその意味もなくなっちゃった」そう言って、令佳先輩が自嘲めいた笑顔になる。


「……え?」


「私が総主教になるのは、ノヴィ・スヴェトを潰すためだったから」


「……!」今度は、亜礼久さんの顔色が変わる番だった。


「令佳……お前……」


「ごめんなさい、お父さん。私は最初からそのつもりだったの。ノヴィ・スヴェトが全ての元凶。これを潰さない限り、お父さんも解放されない。そう思ったから……だから、あえて総主教になろう、と思った。教団のトップだったら、それだけの権力があるはずだから」


「令佳……」


「先輩……」


 その場にいた全員が、呆気にとられたように令佳先輩を見つめていた。


 やはり、彼女は洗脳されたわけじゃなかったんだ。それどころか、以前良太が言っていた、教団に潜入して内部から破壊工作をするという作戦……それをたった一人でやろうとしていたんだ……


「でも結局、全部兄さんにやられちゃったみたいね。さすがだわ」


 そう言って、先輩は久々に、女神スマイルを見せた。


「こんなんだったら、最初から兄さんに相談するべきだった。でも……」


「すまん」健人さんが頭を下げる。「連絡先、教えてなかったもんな。親父に伝わると思ったから、お前にも祖母ばあちゃんにも秘密にしてたからな。だけど……」


 そこで健人さんは、僕らを振り返ってみせる。


「これは決して僕だけでできたことじゃない。ここにいるみんなと、妹尾君が頑張ってくれたおかげだよ。でなけりゃ僕は、こんなことになってたなんて知る由もなかったんだからな。ほんと、お前はいい仲間を持ったな」


「ええ」


 そう言って、令佳先輩が僕らに顔を向ける。


「ハマちゃん、茉奈ちゃん、アヤちゃん、美羽ちゃんのお兄さん、それから……ええと……」


 視線を由之に向けたまま、先輩は困ったように口ごもる。そうか、この人、由之とは面識ないもんな……


「斎藤 由之です。悠人と同じクラスの友人です」由之が自ら助け舟を出す。


「斎藤君ね。みんな……心配かけて、ごめんなさい。そして……本当に、ありがとう」


「先輩……!」


 思わず泣きそうになった。そう。先輩が……また「ハマちゃん」と言ってくれた……嬉しすぎる……


「ぐすっ……」


 背後で鼻をすする音がしたかと思うと、突然、茉奈が僕の真横をすり抜け、そのまま令佳先輩の胸に飛び込む。


「きゃっ!……ちょ、ちょっと、茉奈ちゃんてば……」


「うわあああん! れいがぜんばいぃ~~」


 少し慌てた顔になった先輩は、それでも泣き声を上げる茉奈をそのまま抱きしめる。その様子を見て、アヤちゃんも涙ぐんでいたようだった。


「なあ、ここで令佳さんを抱きしめる役割はさ、本来はあいつじゃなくてお前が果たすべきなんじゃないのか?」


 由之が茉奈の方に顎をしゃくってみせる。


「ううん。いいよ。茉奈の方が先輩との付き合いは長いんだから」


 僕がそう言った、その時だった。


「ハッハッハッハ!」

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