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「ま、でも、あんたがヴィタリーを信頼してたのは良く分かるよ」


 そう言いながら、健人さんは何度もうなずく。


「そうでなかったらあんただって、僕のロシア留学のホストファミリーを頼んだりはしないよな。ロシアにいたのは短い間だったけど、正直、僕にとってはヴィタリーの方があんたよりもよっぽど父親らしかったよ。だから彼とは今でもネットで連絡を取ってる。彼は僕に、昔はあんな人じゃなかったのに、ってよくあんたのことを愚痴ってた。そして、ここ最近は彼ももう我慢が限界に来てたらしい。ヴィタリーが令佳のあらぬ写真をでっち上げて、妹尾君やここにいる浜田君に送りつけたのは、かつてあんたが彼の娘にやったことに対する、ちょっとした意趣返しさ。あんただって、それくらいは分かってんだろ?」


「……」亜礼久さんの反応は、ない。


 そうだったのか……僕と妹尾さんに例の写真を送ったのは、ロシアにいる亜礼久さんの側近にして健人さんの恋人の父親、ヴィタリーさんという人だったんだ……それでメールの送信アドレスがロシアだったのか……


「僕がロシアから帰国してすぐ、お袋が亡くなって……あんたは最初、『ヨシュアの福音』に入信したよな。僕も令佳もよく礼拝に付き合わされたっけ。そうそう、まさにこの部屋だったな。懐かしいな……その後あんたは教祖の中本 顕明に失望して、ロシアに渡ってノヴィ・スヴェトの幹部になった。けどな……はっきり言って今のあんたは、あの時の中本と全く同じだよ」


「……!」


 ビクリ、とようやく亜礼久さんの体が反応する。


「私が……あんな俗物と……同じ、だと……?」


「ああ。まさにね」吐き捨てるように、健人さんが言う。「だから、ヴィタリーに愛想を尽かされて、クーデターを起こされちまうんじゃないか。所詮、あんたの人望もそこまでだった、ってことだよ」


「……」


 亜礼久さんが、ギロリと健人さんをにらみつける。


「私はあのような俗物とは違う! 私は神に選ばれた人間だ! 私には崇高な目的が……」


「って、中本も言ってただろ? ほら、全く同じじゃないか。あんた、自分で気づいてないのかよ……」


「……!」愕然とした表情で、亜礼久さんは再び黙り込んでしまった。


「親父……」健人さんが、真剣な顔で亜礼久さんを見つめる。「目を覚ましてくれよ。あんたは自分がやってることが、本当に令佳を幸せにする、って思ってるのか? 友だちにも、好きな男にも会えない。ただひたすら、教祖になるための修行を積む。そんなことが、本当に幸せだと思ってるのか?」


「お前には何も分かっていない」健人さんを睨み付けたまま、亜礼久さんが応える。「ノヴィ・スヴェトは、私の全てだ。この2年、私が心血を注いで改革し、その結果、信者数は倍増した。支部もロシア全土に広がりつつある。そして……令佳を総主教に据えれば、さらにその勢いを増すことが出来る。確かに今は辛くても、結果的にはそれが令佳の幸せにつながる……はずだったのだ。それなのに……お前は……」


「僕のせいだって言うのかよ! ちげぇよ! あんたの自業自得だろ? 結局あんたは自分のことしか考えてないんじゃないか! 令佳を道具にしたいだけじゃねえか!」


 激しい口調とは裏腹に、健人さんの顔は悲しげに歪んでいた。


「なあ、あんたが本当に神に選ばれた人間だってんなら、なんでヴィタリーがあんたを裏切るんだ? なんでみんなあんたじゃなくてヴィタリーの方に行っちまうんだ? おかしいだろ……なんで……なんで分かってくれねえんだよ……親父……!」


 健人さんの両眼から、涙が零れる。


「健人……」呆然とした顔で、亜礼久さんが呟くように言う。


「……」右の拳で涙を拭い、健人さんは令佳先輩の方に顔を向ける。


「令佳、お前は正直、どう思っているんだ? お前は本当に、総主教になりたいと思ってるのか?」


「……」先輩はしばらく口ごもっていたが、やがて、大きくため息をついて、言った。


「ええ。総主教になるつもりだったわ」

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