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 図書館の第2ミーティングルームは、長机の両脇に4つずつ、合計8つのオフィスチェアが並ぶ、こぢんまりとした会議室だった。奥にホワイトボードが置かれていて、ペンを持った由之がその横に立って皆を見回していた。こいつの参謀キャラは、こんな時にいかんなくその威力を発揮してくれる。


 僕の左隣には良太が座り、向かいには茉奈、その隣にはアヤちゃんが座っている。


「とりあえず、今回の突撃ではっきりしたことは、だ」由之がホワイトボードに文字を書きながら、続ける。「まず、敵の人数は意外に少ない、ってこと。令佳さん親子と、ロシア人ぽい男が二人。それだけだ」


「でも、本当にそれだけとも限らないぞ」と、良太。「まだ他にも人がいるのかもしれない。たまたま今日はいなかっただけで」


「確かに」と、由之。「だけど、他にいたとしてもせいぜい数人程度だろうな。それに……令佳さんの卒業と同時に、彼らは全員ロシアに戻る。ナターシャさんも含めて、だ。できればそれは阻止したい。だから……先輩の卒業までに、何かしらアクションを起こす必要がある、ってことだ」


「でも、具体的にどうしたらいい、って言うの?」と、茉奈。「あたしらは、もう今日みたいなことは出来ない。3学期になってしまったら、多分令佳先輩はほとんど学校に来なくなる。だったら、あたしらに……何が出来る、って言うの?」


「……」


 また、全員が考え込んでしまう。


「……なんか、弱点ってねえのかな」由之がポツリと言う。


「弱点? 何の?」思わず僕は聞き返す。


「亜礼久たちに、さ。何か知り合いで、彼らが頭が上がらない人に動いてもらうとか……」


「そんなツテがあったら、ナターシャさんが既にそれをやっているような気がするけど……」


 僕がそう言うと、


「うーん……やっぱ、そうだよなぁ……」


 由之も苦笑いでため息をつく。


「宗教団体の弱点だったら、知ってるけどな」


「!」


 全員の視線が、良太に集中する。彼は真顔で続ける。


「俺、宗教については色々勉強したからな。宗教団体にダメージを与えるには、その団体に潜入して、分派を作ったりして内部から破壊工作すればいいんだよ。分派が出来れば信者をごっそり持って行かれることもある。そうなると、本家の団体にとっては、壊滅的なダメージになるんだ。実は、結構そういう分派っていろんな宗教団体で起こってんだよな」


 ……。


 僕は少し驚いていた。


 それ、僕と由之がナターシャさんから聞いた、亜礼久さんが過去に信仰していた「ヨシュアの福音」の話とおんなじだ……だから良太の言葉には、非常に説得力を感じる。


 しかし。


「って、誰が潜入するのよ!」茉奈のツッコミが炸裂する。「言葉も通じない、ロシアの宗教団体に……しかも、それをやったとして、分派を作るまでに一体何年かかると思ってんの?」


「……いや、それはそうなんだけどさ……」


 バツの悪そうな顔で言いながら、良太が頭を掻く。


「うん、でも、それも悪くないかもしれん」由之だった。「実際に潜入して、っていうのは無理でも、中の信者の一人をそそのかして分派を作る、ってのはまだ現実的かも。実際、亜礼久は意図せずにそれをやりそうになったらしいからな」


「え! そうなのか!」良太が目をむく。


「ああ。ナターシャさんから聞いたよ。最初彼は、ノヴィ・スヴェトじゃない、日本の新興宗教の信者だったんだ。で、ある時、自分にも『神』の声が聞こえた、ってその宗教の教組に言ったら、それは悪魔の声だ、ってボロクソに言われたらしい。それで教祖に不信感を抱いて、その宗教とは決別したんだとさ。『ヨシュアの福音』って宗教らしいが」


「なにぃ!」良太が大声を上げる。「それ、俺の叔父さんがハマった宗教だよ!」


「マジか!」由之も目を丸くする。「だったら、叔父さん経由でそこの教祖……中本 顕明だったっけか?……を動かして、亜礼久に働きかけるとか……」


「それはダメだ」良太が首を横に振る。「叔父さんとはもう最近は完全に没交渉だからな。それに、中本 顕明に頼るようなことも、したくない。そもそも、亜礼久さんは中本と決別したんだろ? だったら彼が何か言ったところで、聞く耳持たないんじゃないか?」


「……そうだよな」由之が肩をがっくりと落とす。


「でもわたしは、家族のツテをたどる、っていう由之センパイのアイデアも、悪くないと思います」アヤちゃんだった。「ナターシャさん……でしたっけ? 令佳先輩のお祖母さんにも、なんとか協力してもらって……」


「だけど、ナターシャさんはノヴィ・スヴェトにとっては裏切り者みたいなものなんだ」


 アヤちゃんに「由之センパイ」と呼ばれ、由之は一瞬嬉しそうな顔になるが、すぐに表情を戻して続ける。


「彼女の発言力も権威も、今は無いに等しい。そうでなかったら、彼女の鶴の一声で解決出来た話だよ」


「……お祖母さん以外に令佳先輩の家族や親戚って……いないんですか?」


「母方にはいるかもしれないけど……ノヴィ・スヴェトとは全く無関係だと思う。亜礼久が『ヨシュアの福音』に入信したのは、令佳さんのお母さんが死んだのがきっかけだったらしいからな……」


 由之とアヤちゃんの会話を聞きながら、僕は、何か一つ、重要なことを忘れているような気がしていた。


 令佳先輩の……家族……


 父親の亜礼久さん。祖母のナターシャさん。そして……


 ……ああっ!


 そうだ、もう一人、いるじゃないか!


 その時だった。


 僕のスマホが LINE 電話の着信音を奏でる。


 画面を見てみると……妹尾さん?


 通話ボタンをタップすると、彼の声が流れてくる。


『もしもし、浜田君? 妹尾です。久しぶり。実はね……すごい人物が見つかったよ!』


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