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とうとう突撃の日がやってきた。奇しくも今日は、クリスマスイブ。本来なら恋人と一緒に過ごすべき日だ。それに、キリスト教系の「ノヴィ・スヴェト」にとっても、今日は特別な日のはず。何かミサ的な儀式でも行われるのではないか。それを狙う、という意図もあった。
手はずとしては、まずくノ一部隊の茉奈とアヤちゃんが、近くにあるそこそこ名の知れた寺を訪れようとしている観光客の女二人組を装って、玄関に立っている二人の見張りに道を聞き、注意を引く。その隙に、僕と良太と由之の三人が例のビルの中に侵入する。そして、令佳先輩がいるらしい2階に上がり、彼女を探して直接話をする。ひょっとしたら、まだ中に人がいて妨害されるかもしれないが、あからさまに攻撃されたら良太が正当防衛の範囲で反撃する。もちろん基本は自衛隊と同じ、専守防衛だ。こちらから仕掛けることはしない。
ただ、令佳先輩に会えたとして、彼女とどう話をつければ良いか。これについては何も考えられなかった。実際、彼女がどういう気持ちなのかも分からないから、何を言えばいいのかも分からない。ただ、とにかく僕は彼女に会って、これだけは伝えたい。
僕は今でも令佳先輩が好きで、また一緒に過ごしたいと願っている。
それで彼女がどういう反応を示すかも、分からない。笑って断られるかもしれない。その時はその時だ。出たとこ勝負。
期末試験の最終日は、午前中で授業は終わりだ。帰宅して昼食を済ませ、僕はいつも通っていた例の図書館に向かう。そこに 14:00 にみんなで集合することになっているのだ。
13:30 に僕が到着したときにはさすがに誰もいなかったが、やがて突撃隊のメンバーが一人、また一人と姿を現した。
茉奈とアヤちゃんはあからさまにメイクしていた。といっても試合や演技会の時のような濃いメイクじゃないけど、やっぱりちょっと浮いているような感じはある。それでも随分大人っぽくなるものだ。女子大生くらいに見えなくもないだろう。
そして。
彼女たちがコートを脱ぐと……
二人の下半身には黒いレギンスパンツが、そして上半身にはニットセーターがそれぞれピッチリと張り付き、体の線を如実に表していた。特に、アヤちゃんの来ているセーターはVネックで、そこから彼女の深い胸の谷間が……くっきりと見えている……
いや、部活で着るコスチュームだって露出度は高いけど、これはそれよりもどう考えてもヤバい格好だろ……
だけど、僕はムラっとするよりも先に罪悪感を覚えてしまう。この二人は僕と令佳先輩のために、わざわざこんな格好をしてくれているのだ。申し訳なくてしかたない……いずれ、何かお礼をしないとな……
いや、彼女たちだけじゃない。良太や由之に対してもそれは言える。ただ、良太には既にあの演技会の時に貸しがある。そして、由之に対しては……アヤちゃんとの仲を取り持つことで、恩返しになるだろう。
実は二日前の作戦会議の後、僕は由之に詰め寄られたのだ。
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”おい悠人、あの娘……どう見ても、お前のこと好きだろ”
由之にギロリと睨まれた僕は、思わず視線を逸らしてしまう。それを彼は肯定と受け取ったようだ。胸ぐらを掴む勢いで彼が言う。
”お前、まさか二股かけてんじゃねえだろうな?”
”それはない”僕は即答する。”アヤちゃんは確かにかわいいとは思うけど、僕の好みは令佳先輩だから……タイプが全然違うだろ?”
”でも、令佳先輩との関係がダメになったら、お前、彼女に鞍替えするつもりなんじゃないのか?”
”それもないよ。それじゃあまりにも節操がないし、アヤちゃんにも失礼だと思う”
”だったら、俺があの娘と付き合っても、かまわないんだな?”
”ああ、むしろ、応援するよ”
僕がそう言うと、由之はニヤリとする。
”分かった。頼りにしてるぜ”
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というわけで、いずれ僕は彼とアヤちゃんの仲を取り持たなくてはならない……のだが……それは今回の突撃が終わった後でいいだろう。
で、当の由之と、良太は……やはりそれぞれアヤちゃんと茉奈の艶姿に、両眼が釘付けになっていた。僕の視線に気づいた良太は慌てて茉奈から目を逸らすが、由之は鼻の下が伸びきった顔のままで呟く。
「なんか、すごくいいものを見せてもらった気がする……」
「アホ。見とれてないで、出発するぞ」
そう言いながら僕が由之の後頭部を軽く小突くと、
「お、おう……」
渋々、という様子で彼もアヤちゃんに背を向ける。
そう。僕ら三人は見張りになるべく気づかれないように、道路側からではなく、民家と民家の間をすり抜けてビルの裏側から入り口にアクセスする予定なのだ。それで遠回りになるため、くノ一部隊よりも先に出発しなくてはならない。
一歩足を踏み出そうとした、その時になって、僕はようやく自分の体が震えていることに気づく。
正直、恐ろしい。
あのビルの中に何人潜んでいるのか。いや、そもそも僕らがこれからやろうとしていることは、間違いなく不法侵入だ。警察を呼ばれてもおかしくない。下手すれば、逮捕されることになるかもしれない。
だけど、それでも僕は、令佳先輩に会いたかった。
ぶっちゃけ、よりを戻すのは難しいかもしれない、と自分でも思う。それでも僕はケジメだけは付けたかった。僕の気持ちを、直接彼女にぶつけたかった。
「……どうした?」
由之が訝しげに僕の顔をのぞき込んでいた。
「あ、ごめん。何でもないよ」
一つ深呼吸をして、僕はくノ一部隊の二人に声を掛ける。
「ガイドブックは持った?」
「もちろん!」と、茉奈が地元の観光ガイドを持った右手を掲げる。
「よし、それじゃ作戦開始だ。頼んだよ」
「まかしといて!」茉奈がウィンクしながらサムアップで応え、
「センパイこそ、突撃の成功をお祈りしてます」と、アヤちゃんが敬礼で応える。
「ありがとう。じゃ、行こうか」
良太と由之の顔を交互に見返すと、彼らは無言でうなずいた。
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