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 ヤツらが僕らの監視に気付いた、ということは、ヤツらの僕らに対する監視も再開しているかもしれない。となると、おそらく僕らにとって一番安全な場所は学校だろう。僕は速攻で茉奈と良太、そしてアヤちゃんに僕の教室に集まるようにLINEで連絡した。既に生徒は誰もいない。少しの間なら、ここで作戦会議ができるだろう。


 三人はすぐに集まってきてくれた。僕は例のビルに令佳先輩の姿を確認したこと、だけど三日前から常に二人の男が玄関に立つようになったことを話し、続いて由之がスマホの件について話した。話しながらも、予想通り彼はどうしてもアヤちゃんのバストが気になってしょうがないようだった。


「……ってことは、早めに突撃しないと、ひょっとしたら逃げられちまうかもしれないな」良太がしかめ面で言う。


「だけど、見張りが玄関に立ってるわけでしょう?」と、茉奈。「すっかり警戒されてる、ってことよね」


「まあ、一対一なら何とかなるかもしれんけど……俺もさすがに二人を相手に戦うことはできんしなあ……つか、相手は飛び道具持ってるとか、そんなことないよな?」


「それは分からんなあ」と、由之。「ま、ひょっとしたら……トカレフあたり、持ってるかもな。ロシアだし。だけど……基本的に宗教団体だから、それほど過激な暴力は振るわないんじゃないか、とは思うんだけど」


「どうかな」良太が苦虫を噛み潰したような顔で言う。「ほら、昔さ、日本でもあっただろ? 宗教団体が地下鉄の中でテロを起こしたことが、さ……あの団体、鉄砲とかも作っていたんだぜ」


「……」


 一同、下を向いてしまった。


「……でもさ」


 その声の方向に、皆の視線が集中する。そこには怒りの表情を浮かべた良太がいた。


「俺はそういう奴らが、許せない。宗教の名を借りて人を不幸にするような奴らは、絶対、な」


「え……どうして?」尋常じゃない良太の様子に、思わず僕は問いかける。


「俺の母さんの弟……叔父さんがさ、5年前にある新興宗教にハマったんだよ。それで、俺の家族に対しても熱心に布教してきてたのさ。でも、いろいろ問題のある宗教団体だったから、誰もそれに応じたりしなかった。親族からもほとんど絶縁状態になってさ……だけどその叔父さん、俺の最初の柔道の師匠だったんだ……叔父さんの影響で、柔道強くなりたいって思ったから……だから……俺……」


 そこで良太は唇を噛みしめて黙り込む。


 そんなことがあったなんて……知らなかった……


「最近、叔父さんに偶然会ったんだ」良太が悲しげな顔で続ける。「なんだか、人が変わってた。やたら目がキラキラしてて、良く笑うんだけど……なんていうか……話が通じないんだ。その宗教が絶対的に正しい、って心から信じてる。奥さんもいたのに、別れたらしい。給料もほとんどその団体に寄付してるらしくって、着ているものもちょっとみすぼらしくなってた。それでも本人は幸せそうなんだけどさ……俺にはとてもそうは思えない。叔父さんは洗脳されてるんだ。あいつらはそう言うことを平気でするんだよ。そして、いったん洗脳されたら、それを解くのは容易なことじゃない」


 それまでうつむき加減で話していた良太が、いきなり顔を上げる。


「俺は……これ以上、そういう犠牲を増やしたくない。だから、令佳さんがそうなる前に、突撃して助けるべきだと思う。みんなもそう思うだろ?」


 そう言って良太が皆の顔を見渡すと、全員がはっきりとうなずいた。


「でもさ」と、僕。「問題は、相手が先輩のお父さん、ってことなんだよ。おそらく令佳先輩も、お父さんの頼みだから教祖になるのを引き受けたんだと思う。その親子の間に、僕らが割り込むことができるのかどうか……」


「今さら何言ってんだよ」由之だった。「お前がそんな弱気でどうすんだよ。令佳さんを父親から奪い去ることができるのは、お前しかいないだろ? グダグダ言ってないで親子の間に割り込めよ! そして彼女を奪っちまえよ! その方がよっぽど彼女は幸せになれると思うぞ」


 由之がこんなにアツいヤツだったとは……ちょっと感動してしまった。茉奈もアヤちゃんも、ポカンとした顔で彼を見つめている。


「由之の言うとおりだと思う」と、良太。「彼女の父親の気持ちもわからなくはないけど、彼女の気持ちを無視して彼女を縛りつけるのは、父親としてはどう考えても間違っていると思う。まして、娘を貶めるような写真を彼氏に送りつけるなんて……父親のやることじゃない」


「そうね」と、茉奈。「あたしは令佳先輩を尊敬してるし、先輩には幸せになってもらいたいと思ってる。でも、今の先輩は、自分ではどう思ってるかは知らないけど、あたしが本人を直に見た限りでは、とても幸せそうには見えなかった」


「わたしは、浜田センパイがここのところ少し元気がなかったのが気になってました」アヤちゃんだった。「センパイに話してもらって、ようやくその理由が分かりました。わたしはセンパイにまた元気になってもらいたいんです。そのためには令佳先輩を取り戻すのが一番ですから、そのためならわたしはいくらでもお手伝いします」


「……」由之はしばらくアヤちゃんを見つめていたが、やがて僕に視線を移す。「悠人、ここにいる人間は、みなお前と令佳さんのために、例のビルに突撃してもいいと考えているんだ。でも、それを最終的に決めるのは、お前だ。ぶっちゃけ、お前は本気でどうしたいんだ?」


「……」


 僕は下を向いたまま、黙っていた。


 皆の気持ちが、嬉しかった。僕と令佳先輩のために、危険を顧みず動いてくれるなんて……


 必死で涙をこらえていたが、もう限界だった。


「……ありがとう」


 涙声でそう言って、立ち上がった僕は皆に向かって深く頭を下げる。涙がこぼれ、教室の床に落ちた。

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