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 というわけで、僕は動画撮影可能なαボディを手に入れることができた。しかもα58は入手しやすいSDカードが記録メディアとして使えるのがありがたい。32GBもあれば最高画質で3時間の撮影が可能になる。バッテリーも僕のα350用と型番が同じなので、僕の予備のバッテリーがそのまま使える。フル充電すれば一本で3時間くらいはもつだろう。


 それよりも問題なのは、撮影ポイントだ。


 どこから撮影すべきか。あまり長時間同じ場所にいては、さすがに怪しすぎる。かといってカメラを放置しておくわけにもいかない。そもそもこれは僕の持ち物じゃない。

 二学期の期末試験が近いので、部活はなくなっている。早々と学校から帰宅した僕は、自分のデスクトップパソコンで、どこかいい場所はないか、とWebの地図を調べていたのだが……


 例のビルから道沿いに二百メートル離れた位置に、その地区の図書館を見つけた。ひょっとしたらそこの窓から例のビルを監視出来るかもしれない。図書館なら数時間いても怪しまれたりはしない。カメラもバッグか何かに隠して近くに置いておけば、撮影しているとは思われないだろう。これは打ってつけだ。


 いてもたってもいられず家を飛び出した僕は、自転車でその図書館に向かった。


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 この時期はもう16時を過ぎれば暗くなってくる。まだ陽が沈む前にたどり着けるように、僕は自転車を飛ばした。ターゲットとなるビルの前を通ったほうが近道なのだが、僕は面が割れまくっている。もし見つかったら面倒なことになりそうだ。そう思って、わざわざ遠回りしてビルと反対側の方向から図書館を目指した。


 晴れた昼間の太陽が残したぬくもりは、まだ空気から完全には失われていない。遠回りしたせいもあって、図書館に到着した僕は、うっすら汗ばんでいるほどだった。


 それは市の中央図書館に比べたら、半分にも満たないほどの大きさの建物だった。駐輪場に自転車を停め、玄関から入って二階の閲覧室に向かう。


 閲覧室にはぽつぽつと二~三人ほどの利用者がいて、机で本を読んだり書架の前で本を選んだりしている。右側に並ぶ書架の向こう、西向きの窓の前に行くと、思った通りターゲットとなるビルが丸見えだった。心の中でサムアップする。


 そのビルは、3階と1階はストリートビューで見たものと同じだったが、2階の窓に貼られていた宗教団体の事務所を示す文字はすべて剝がされていた。


 窓際の机にバッグを置いて、レンズの先端が例のビルの方に向くようにα58を固定する。アポテレ100-300mm はもちろん300mm側に。テレコンバーターも装着済みだ。ボディ背面のライブビューLCDを真上に向け、覗き込んでみる。


 やった。


 これなら、明るければおそらくビルを出入りする人間の顔まではっきりわかるだろう。ビルの2階の窓は暗いが、よく見ると微妙に明かりが漏れている。どうやらブラインドが下りているようだ。


 というわけで、ここしばらくは学校から帰ったらこの図書館に通うことにしよう。試験勉強をここでしていれば怪しまれずに済むだろうし、一石二鳥だ。


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 こうして僕は試験期間を利用して例の図書館に通い、勉強もしつつ撮影しながら、時には自分の目で監視もしたりしていた。と言っても、学校が終わってから18:30の夕食までの数時間だけだ。

 撮影された動画ファイルを見ても、そのビルにはほとんど人の出入りはなかった。3階の事務所や会社に用事があるらしい、見るからにサラリーマンの人とか、郵便や宅配便などが時々来るくらいだ。


 ただ、車の出入りは結構頻繁にあった。あの、由之が古いスマホを貼り付けたという黒いセダンだ。僕はあまり車には詳しくないのだが、由之によればフォルクスワーゲンのパサートという車種らしい。ウインドウにスモークがかかっているため、残念ながら中に誰が乗っているのかは良くわからない。


 だが、監視を初めて二日目。


 家に帰った後でその日撮影した動画ファイルを早送りしていて、それを発見したとき、僕は心の中で快哉を叫んだ。


 そう。


 ビルの二階の窓に、令佳先輩の姿が映ったのだ!


 少し不安そうな顔で外を覗いた後、すぐに顔を引っ込めたが、それは間違いなく私服の彼女だった。


 というわけで、先輩の居場所はこれでほぼ確定と言えるだろう。早速僕はRRRのメンバー全員にそれを報告した。一番喜んだのは、もちろん茉奈だった。


 ところが、その次の日のことだった。


 なぜか急に、ビルの西側の端にある階段の入り口の近くに、二人の男が立つようになった。見た感じはどちらも白人。例の、僕が対峙したドライバーの男に似ているような気もするが、やはり外国人の顔は馴染みがないので区別がつきづらい。そして、二人の男が立っているのはその日だけかと思っていたら、次の日も、その次の日もそうだった。


 いったい何が起こったのだろう、と思っていたのだが……


 その答えは、意外なところからもたらされたのだった。


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