59

 三日後。


 待ちに待った、三崎先輩からのLINEが入った。


 <[令佳、来てる]


 それを受けて、僕は茉奈と由之に速攻でLINEを送る。


  [作戦決行]>


 二人からの了解のスタンプを確認し、僕は放課後を待った。


---


 そして、放課後。


 令佳先輩を見つけたのは、やはり茉奈の方が先だった。彼女からLINEが届く。


 <[今、生徒玄関。すぐに来て]


 ……!


 僕は玄関に向かって走る。


---


「……どうしてですか? いくら引退したからって言っても、元部長なら、現部長のあたしの話を聞いてくれたっていいじゃないですか!」


 よく通る茉奈の声が廊下に響く。どうやら彼女は実力行使で令佳先輩を引き留めているらしい。先輩も何か喋っているようだが、彼女のアルトの声はイマイチ聞き取りづらい。

 3年生の玄関にようやく到着すると、玄関を背にした茉奈に両手で右腕を掴まれている令佳先輩の姿が、僕の目に飛び込んでくる。


「……!」


 ああ……ようやくこの人の顔を見ることができた。面影は僕の記憶の中にある姿と何も変わっていない。会いたかった……なのに、なぜか声が出ない。引き留めなくちゃならないのに……


「……!」


 驚愕の表情のまま令佳先輩も凍り付いていたが、いきなり茉奈の手を振りほどくと、そのまま廊下に戻って僕と反対方向に走りだす。多分玄関から出たかったのだろうが、その方向に茉奈が立ちはだかっていたため、やむを得ず廊下に戻って逃げる道を選んだのだろう。


「先輩! 待って!」


 ようやく声が口からほとばしる。全速力で僕も走るが、先輩に追いつく前に……なんと、女子トイレに入られてしまった。


「……」


 これは……さすがに僕には無理だ。中に入れない。


 だが、次の瞬間。


 僕の真横を疾風のようにすり抜け、茉奈が女子トイレのドアを開けて飛び込む。


 開けっ放しのドアから、トイレの窓を開けて外に出ようとしている先輩に抱きついている茉奈が見えた。


「先輩! お願いです、待ってください、先輩!……うっ」


 突然、茉奈の体がふらつく。どうやら先輩が彼女の鳩尾みぞおちに軽く突きを入れたようだ。その隙に茉奈の腕から逃れた先輩は、開いた窓からひらりと外に飛び出し、玄関に向かって走りだす。


「先輩!」


 茉奈も同じように窓を飛び出して先輩の後を追う。女子トイレに入ることになるので、僕はそのまま彼女たちの後を追うことはできないが、たぶん先輩が向かっているのは玄関だ。だとすれば、このまま廊下を逆戻りして玄関に向かえばいい。そして、確か先輩よりも茉奈の方が足が速かったはず。玄関にたどり着く前に、茉奈はもう一度先輩を捕まえられるだろう。


 全力疾走で廊下を戻り、僕は玄関を飛び出す。予想通り先輩は茉奈に抱きつかれていた。


「先輩! 茉奈!」


 僕が駆け寄ると、先輩が絶叫する。


「もう、二人とも私に構わないで!」


「!」


 僕と茉奈の動きがピタリと止まる。無表情で、令佳先輩は言い放った。


「私はもう、あなたたちが知っている佐藤 令佳ではないの。だから……私のことは、もう忘れて。お願いだから」


「先輩……」


 それっきり、僕と茉奈は言葉を失う。


「ソウダ。オジョウサンガ、ソウイッテルノダ」


 いつの間にか、先輩の後ろに背の高い、サングラスをかけた黒服の男が立っていた。見るからに筋肉質の体つき。顔立ちは明らかに白人のそれだ。言葉のイントネーションもネイティブの日本人のものじゃない。


「テヲハナシナサナイ。デキレバ、ランボウナコトハ、シタクナイ」


 そう言って、男が近づいてくる。抗いがたい威圧感を身にまとって。


「……」


 茉奈が、おずおずと先輩に抱きついていた両腕を放した。


「……ごめんね、茉奈ちゃん……そして……浜田君」


 令佳先輩はそう言って、一瞬悲し気な笑みを浮かべると、踵を返して黒服の男と並び、玄関に停めてある車に向かって歩いていく。


 ショックだった。


 先輩はもう僕のことを「ハマちゃん」と親しげに呼んではくれないのか……


 だが、それに気を取られている場合じゃない。二人の行方を見定めなくては。


 二人が乗った車はそそくさと発進して正門をくぐり、道路を右折してあっという間に走り去っていく。


 やがて、自転車置き場の陰からひょっこりと由之が姿を現し、ニヤリとしながら僕らに向かってサムアップサインを作ってみせた。


 僕と茉奈も顔を見合わせ、うなずきあう。


 陽動作戦、成功!


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