56

 次の日は新体操部の練習日だった。


 練習が終わった後、僕は茉奈を例のカフェに誘い、全てを打ち明けた。


「……それは本当なの?」


 奥のテーブル席。僕の向かいの茉奈が、愕然、と言った表情になる。


「ああ。僕も信じられないけど、確からしい。現に令佳先輩とは全然会えてないからな」


「だけどあたし、最近学校で令佳先輩見たよ」


「……!」


 さらっと茉奈がとんでもないことを言ったので、思わず僕は飲みかけていたコーヒーを吹き出しそうになる。


「ええええ! それ、いつの話だよ!?」


「ええと……一週間くらい前かな。廊下ですれ違ったから、お互い普通に挨拶したけど」


「マジかよ! 僕、全然会えてないのに」


「うーん……たぶん、そういう事情だったら先輩、君のことをわざと避けてるんじゃない?」


「……」


 そうか……やっぱ、そういうことになるよな……


「なんだったら、三崎先輩に聞いてみたら? あの人は同学年だし、教室も同じ階だから、もっと令佳先輩の顔を見ているかもしれないよ?」


「いや、それがさ……三崎先輩もあんまり学校に来てないんだよ。医学部受験のために予備校に通ってるらしい」


「そっかぁ……三年の二学期だもんね。出席日数が足りてれば、もうあんまり学校に来なくてもいいだろうし……三年の三学期なんか、ほとんど生徒が来ていない、って話だしね」


 そう。だから令佳先輩も別に登校しなくても問題はないのだ。今まで超絶優等生で出席も完璧だったはずだから。ただ、全く学校に来ないのもまずいらしく、三崎先輩は週に1~2回くらいの割合で出席している、とのことだった。


 ってことは、実は令佳先輩もそれくらいのペースで登校してるのかもしれない。とすれば、その時に彼女を捕まえることができれば、話が出来るかも……


 だけど、いつ令佳先輩が登校するのかは分からないし、おそらく彼女の方で僕に会うのを避けているんだろうから、簡単に捕まえられるとも思えない。毎日彼女の教室の前で出待ちするわけにもいかないだろう。


 うーん……どうしたらいいんだ……


「とりあえず、また令佳先輩を見かけたら、速攻で君に連絡するよ」笑顔で茉奈が言う。「それで、あたしも先輩と何か話が出来たら話してみるね。あ、でも……令佳先輩の話、部のメンバーにも言った方がいいかな?」


「いや、当面は黙ってて欲しい。今後みんなの力が必要になることもあるかもしれないけど、みんなをむやみに心配させるようなことは、したくない」


「分かった。それじゃ、とりあえずは黙っとくね。それで……その……」


 なぜか茉奈はもじもじし始める。


「良太にも……言っちゃダメ……かな?」


「それはいいよ」僕はあっさりと言う。「むしろアイツにも手伝ってもらいたいし、茉奈だってアイツに内緒でコソコソ動くのも嫌だろう?」


「うん……そうなんだよね。だからそれを聞いて安心した。だけど……ほんと、浜田も大変な人を好きになっちゃったね。リアルに女神様になるかもしれない人なんだもんね……」


 茉奈が苦笑とため息を漏らす。


「でも、僕は諦めたくない。彼女はまだ僕の手の届くところにいると思ってる。だから……取り戻したいんだ。どうしても」


「そっか。意外に君、一途なんだね。だけどそういうの、嫌いじゃない。だからあたしもできるだけ応援するよ。一応、あたしは君と先輩を結びつけるきっかけを作った、キューピッドなんだからね」


「……ありがとう」


 じわり、と視界が滲む。涙がこぼれそうだ。それを茉奈に見られないように、彼女の前で僕は深く頭を下げる。


---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る