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 結局僕は、置き手紙という古典的手段を取った。


 休み時間。ノートの切れ端にメッセージを書いて小さく折りたたみ、由之の机の上にさりげなく置く。その内容はこうだ。


 "事情があり筆談しか出来ないが、相談したいことがある。明日の16:00、杉の湯のサウナに来てくれ。浜田より"

 

 そして、授業の前に彼が自分の机に戻ってきて、僕が書いたメッセージを読む。彼は僕の方をチラリと振り返り、小さくうなずいた。


 よし。これで僕の意図は彼に伝わった。


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 杉の湯は市街地から少し離れた郊外にあるスーパー銭湯だ。だけど彼も僕も自転車で十分行ける範囲にある。なぜここのサウナを選んだか、というと、ここなら裸で話が出来るからだ。ひょっとしたら僕が着ている服にも何か仕込まれているかもしれない。だから、服を着た状態で由之と話をしたくなかったのだ。


 とは言え、普段はスーパー銭湯になんて滅多に行かない僕がいきなりそんなところに行ったら、監視している方からしたら訝しく思うかもしれない。それでも、会話の中身を聞かれるよりはマシだ。


 由之には 16:00 に来るように言ったが、僕はその前に到着するように自転車を飛ばした。結果的に風呂で汗を流すことが出来て、好都合だった。


 思った通り平日のこの時間は、男風呂にはほとんど人がいなかった。ここは天然温泉の他に、電気風呂や泡風呂、そして露天やサウナと、一通り揃っている。だが、今はそれらを楽しんでいる場合ではない。僕は速攻で体を洗う。ちらちらと入り口を伺ってみたが、僕以降入ってくる客はいなかった。僕を尾行していた人間がいたとしても、さすがに銭湯の中にまでは入ってこないようだ。


 体を洗い終えた僕は、誰も中にいないことを確認して、サウナルームに入る。ここはミストサウナで、温度はそれほど高くないが蒸し暑い。僕はどっちかというと高温の乾燥したサウナの方が好きなんだが。


 そして、由之は16:00きっかりに、サウナにやってきた。


「おう、悠人。相談って何だよ。まさか……男に目覚めた、とか言うんじゃねえだろうな」


 下半身にタオルを巻き付けた由之は、胡散臭そうな表情で僕を見る。


「まさか。そんな腐女子にサービスするような話じゃないって。実はな……」


 僕はこれまでの話をかいつまんで彼に話した。


「そうか……なんだか、ややこしいことに巻き込まれちまったようだな、お前」


 そう言って一つため息をつくと、顔を引き締めながら由之が続ける。


「それでお前、そのコラ画像が添付されてきたメール、まだ消してないだろうな」


「あ、ああ。一応な」


「良かった。それは重要な手がかりだからな。それ、俺に転送できるか? あと、その妹尾さんって人に送られてきた封筒も写真に撮ってメールで送ってもらえればありがたい」


「そりゃやろうと思えばできるけど……さっきも言ったけど、僕のパソコンに何か仕掛けられてる可能性もあるんだ。そう考えると、お前にそういうメールを送ったことも向こうにバレるかもしれない」


「ふうむ……」顎を引いて一瞬考え込んだ由之は、すぐに顔を上げる。「そうだ。ネカフェのパソコンで送ればいいじゃないか。お前が使ってるの、どうせWebメールだろ? だったらネカフェのパソコンでもメールできんじゃね? たぶんそれが一番安全だ。シークレットウィンドウ(ブラウザのアクセス履歴が保存されない画面)でやればさらに完璧だが」


「なるほど」


 さすがはうちのクラス随一のハッカーだ。


「ついでに、ネカフェのパソコンでそのメールのパスワードも変えておけ。自分のパソコンで変えても、キーロガー(キー操作を記録するツール)が仕込まれてたら意味がないからな」


「それはいいけど……いきなりそんなことしたら、相手に僕が怪しんでいることがバレてしまうんじゃ……」


「だからやるんじゃねえか」由之がニヤリとする。


「え?」


「堂々と相手に宣戦布告してやるんだよ。お前はまだ令佳さんが好きなんだろ? 彼女に戻って来て欲しいんだろ? だったら何もしないではいられないだろ? 絶対に彼女を取り戻してやる、って意志を相手に見せつけてやれよ」


「だ、だけど……相手は得体の知れないストーカーだし……」


 僕がそう言うと、由之はいきなり無表情になる。


「あ、そう。だったらいいよ。俺は何も聞かなかったし何もしない。お前がそんな腰抜けだったとはな。ったく、無駄足だったぜ。んじゃな」


「……待てよ!」


 立ち上がり、出て行こうとする由之の右手を、僕は掴む。


「悠人……?」


 振り返った由之を、僕は真剣な顔で見据えた。


「分かった。僕も腹を決める。もともと僕だって何もしないつもりはない。だからお前に相談したんだ」


「よく言った」由之が再びニヤリとした顔に戻る。「俺もできる範囲で力になるよ」


 ……ちくしょう。


 少し泣きそうになってしまった。持つべきものは、やはり友達だ。


「ありがとう」僕も笑顔で右手を差し出すと、由之はそれを力強く握った。


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