45
「ストーカー!? 先輩の、ですか?」
そんな話は初耳だった。
「ああ。だって、僕にしても君にしても、令佳の『彼氏』だった時機は間違いなくあるわけだからね。もし彼女にストーカーがいるとすれば、どう考えたって僕ら二人とも邪魔ものだろう。そいつには十分動機があるよ。そして……僕は、それにまんまとハメられて、令佳と別れてしまった……」
妹尾さんが、唇を噛む。
「妹尾さん……具体的に、そのストーカーになりそうな人の心当たりって、あるんですか?」
「それも、ない」妹尾さんは首を横に振った。「少なくとも僕と付き合っていた頃に、周囲にそんな人間がいる気配はなかったし、そんなことをしそうな人間も……いるのかもしれないが、僕は知らない。だけど……もしそんな人間がいたとしたら、そいつの今のターゲットは、間違いなく君だ。もしかしたら……今、僕と君がこうして会っているのも、どこかで監視しているかもしれない」
そう言って、妹尾さんは顔を引き締め、僕をまっすぐ見つめた。
「そんな……」
ゾクリ、と背筋に冷たいものが走り、思わず僕は周囲を見渡す。
今はちょうど昼食と夕食の間。客はテーブルにまばらにポツポツといるだけで、しかもみな二人か三人以上で自分たちの会話に忙しく、誰もこちらに注意を払っていないように見える。だからと言って安心出来るわけではない。もしかしたら、そのストーカーは人を使ってバレないように監視しているかもしれないのだ。
「そして……たぶん、令佳はそれが誰かを知っている」真剣な顔のまま、妹尾さんが続ける。「そうとしか思えないよ。だって、この前会ったときも、僕が例の写真の話をしたら、いきなり顔色が変わったからね。だから、ストーカーかどうかはともかく、間違いなく彼女はあの写真の送り主に心当たりがある、と僕は思う」
確かに、言われてみればその通りだ。僕が何も言わなくても、令佳先輩は僕に例の写真が送られてきたと見抜いていた。そういうことが起こり得るって、彼女はあらかじめ知っていたんだ。とすれば……写真の送り主に心当たりがあっても、おかしくはない。どうして今までそれに気づかなかったんだろう。
「どうやら随分訳アリな女のようだね、令佳ってヤツは」妹尾さんは苦笑する。「それでも君は、彼女のことが好きなのかい?」
「ええ。もちろんです」間髪を入れず、僕は応える。
そうさ。こんなことで、僕の気持ちは揺らいだりしない。先輩だって僕のこと、好きって言ってくれた。別れた時も僕のことが嫌いになったようには見えなかった。
それに、こうなったらどうしてもこの謎を解いてみたい、という気持ちが僕の中にも湧き上がってくる。たぶん今、令佳先輩は苦しんでいる。だったら、それを助けるのが彼女の「彼氏」である、僕の責務だ。
「分かったよ」妹尾さんが爽やかに笑う。「それじゃ、何か僕に出来ることがあったら言って欲しい。及ばずながら君の力になれれば、と思う。そうすることが、令佳に対しても償いになる、と思うからね」
そう言って、彼は右手を差し出した。
この人の言葉を、全面的に信用していいものか。今の僕にはまだ良く分からない。だけど……令佳先輩が好きになったのも、良く分かるような気もする。多分彼は、すごくいい人なんだ。理屈じゃ無く直感でそう思う。もちろんそれが正しい保証もないのだが……
「よろしくお願いします」
僕も右手を持ち上げて、彼のそれを握った。
---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます