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「……!」


 今度は、僕が目を丸くする番だった。


 君の所に"も"、だって……?


「え、ということは……」


「ああ。それと全く同じ写真が、僕の所にも送られてきた。5月ごろ、だったかな。差出人の書かれていない封筒に入ってね。消印は青野市だった。君からの連絡を受けて、どうせそんなことだろうと思って持ってきたよ。これがそうだ」


 そう言って、妹尾さんはブルゾンの左の内ポケットから、封筒を取り出す。表には彼の今の住所が印字されたシールが貼られている。確かに消印は今年の5月10日、青野市中央郵便局のものだ。そして、中には一枚の写真。まさに、僕に送られてきたのと全く同じものだった。


 これは……一体、どういうことなんだろう。


 僕は妹尾さんに例の画像ファイルを送ったりしてはいない。だから彼がそれをプリントすることもできない。ということは、これは実際に彼に届いたものなのだ。


 いや、もちろん彼が原版の画像ファイルを持っていて、これはそれをプリントしたものだ、と考えることもできる。逆に、このプリントをスキャナか何かでパソコンに取り込んで、画像ファイルとして僕に送ってきたのかもしれない。だが……これは僕の勘だが、どうも彼はそんなことをするような人ではない気がする。もちろん確証はないので、そういう可能性も心に留めておこう、とは思うが……


 いずれにせよ、アヤちゃんが犯人である可能性はこれでほとんど消えたと言っていい。彼女が妹尾さんの住所を知るはずがないし、そもそも彼女が妹尾さんに例の写真を送る理由も無い。むしろ彼女的には令佳先輩が妹尾さんとよりを戻してくれた方がありがたいはずなのだ。僕は安堵する。


「僕もね、信じられなかったよ」ため息をついて、妹尾さんは続ける。「まさか、令佳が援交まがいのことをやっているなんて、さ……でも、実際に写真があるわけだからね。しかし、だからと言ってこんなこと、彼女に聞くわけにもいかないだろう? それで……結局、令佳とは気まずくなってしまってね。そうこうしている内に、僕にモーション掛けてた女の子に言い寄られて、さ……なし崩し的にその子……芙美香ふみかと付き合うことになって、令佳とは別れたんだ」


 なるほど……そういうことだったのか……


「もちろん芙美香とは今でも付き合ってるよ。だけど……やっぱりずっと気にはなってたんだ。本当に令佳は援交するような子だったのか、ってね。けどさ、彼女とはもう終わったんだから、気にしてもしょうがない、とも思ってた。僕にはもう新しい恋人がいるんだし。でも……9月に、本当に偶然に、令佳と駅前のスタバで再会したんだ。いや、ぶっちゃけ会いたくはなかったよ。だって僕は、彼女をこっぴどく振ったんだからね。彼女が僕に未練を残さないように……まあ、ちょっとやりすぎて激昂した彼女にぶん殴られたりもしたけどさ……」


 ああ、やっぱりそうだったんだ。


「だからお互い、最初は気まずそうな顔をしてたけど、それでも彼女は笑顔で、しかも得意げに言ってたよ。私にも新しい彼氏ができたから。とても大事にしてくれる優しい彼氏がね、ってさ。それが多分、君のことなんだろうな。今にして思えばさ」


 そう言って、妹尾さんは僕を見つめながら微笑む。だがそれも一瞬のことだった。すぐに彼の表情が曇る。


「それでさ、僕もちょっとムカっと来たんだよね。こいつは援交してるくせに、また新しい彼氏を捕まえたのかよ、って……それで、聞いちまったんだよ……例の写真のことをさ……そうしたら……」


 妹尾さんの顔が、辛そうに歪む。


「令佳の顔がみるみる悲しそうな表情に変わっていって……彼女は唇をかみしめながらうなだれ、そのまま何も言わなくなってしまった。そして、しばらくしてから彼女はようやく顔を上げて、言ったんだ。『そういうことだったのね。悪いけど、あなたには何も話すことはできない。さようなら』って。そして彼女は、僕が止めるのも聞かず、そのまま店を出て行ってしまった。それっきり、彼女とはもう全く連絡が取れない」


 ……。


 おそらく、茉奈が見たというのは、この時のことだろう。今の妹尾さんの話は、茉奈から聞いた話とも全く矛盾がない。


 そして、彼の話の中に出てくる、令佳先輩の別れ際の態度は、僕と別れたときとほとんど同じだ。ということは……この話、おそらく嘘じゃない。


「そうだったんですね。すみません。僕はてっきり、この写真は妹尾さんが送ってきたものだとばかり思ってました」そう言って、僕は彼に向かって頭を下げる。


「いいよ、そんな」妹尾さんは首を横に振ってみせた。「君にしてみれば、状況的には一番疑わしいのは僕だものね。君が疑うのもしょうがないよ。だけど……それを送ったのは、誓って僕じゃない」


「では、いったい誰が送ってきたんですか?」


「それは僕も知りたいよ。心当たりも全くない」


「……」


 少し前から頭の中に浮かんでいる仮説を、僕は口にする。


「もしかして……犯人は妹尾さんの今カノの芙美香さんではないですか?」

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