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 一気に血の気が引いた。


 アヤちゃんには動機がある。もし彼女が僕のことをまだ好きなのなら、令佳先輩と僕が別れるのは、彼女にとっては大いに望ましいことのはずだ。


 ……。


 いやいや。僕は思い直す。


 アヤちゃんはそんなことをするような娘じゃない。それに……令佳先輩が援交めいたことをしているなんて、彼女はどうやって知ったのか。だから、彼女が犯人だとするのは、無理がある。というか……そう信じたい……


---


 令佳先輩から別れを告げられて、一週間が経った。僕も色々動いては見たけど、状況は相変わらずだった。先輩のクラスで出待ちまでやったのだが、どうやらここしばらく彼女は欠席しているらしい……


 とりあえず僕は、彼女の親友である三崎先輩に話を聞くことにした。三崎先輩も一応部員だけど、もう引退しているので部に顔を出すことは無いし、そもそも彼女は口が堅い。彼女から話が部員たちに広まることはないだろう、と思ったのだ。


 学校近くの有名コーヒーチェーンのカフェで待ち合わせ。三崎先輩と僕はほとんど同時に店に到着した。僕から話を聞いた三崎先輩は、意外そうな顔で言った。


「え、令佳と連絡取れないの? それじゃ、あたしが連絡取ってみようか」


 先輩がスマホを取り出して、電話をかける。だが……つながらない。メールも、LINE も……拒否されているようだ。


「うそ……」


 ここに来て彼女も、事態の深刻さに気づいたようだった。僕も意外だった。まさか、三崎先輩まで僕と同じ状況だったなんて……


「確かに、ちょっとおかしいね」三崎先輩が眉根を寄せながら言う。「あたしも最近受験勉強が忙しくて令佳と連絡取ってないし、予備校に行ってるから学校にもあんまり行けてなくて、彼女とも直接会えてなかったんだけど……何かあったのかなあ。むしろ、君の方があたしよりもよっぽど令佳と会ってたんじゃないの? 何か心当たりはないわけ?」


「……」


 そりゃもちろん、ないわけじゃない。だけど……果たして、三崎先輩に例の写真のことを言っていいものだろうか……


「いえ……僕に心当たりがあったら、そもそも三崎先輩に相談したりしないですよ」


 悩んだが、結局僕は彼女に話さないことにした。


「そっかぁ……そうだよね。わかった。それじゃ、あたしも色々調べてみる。何か分かったら連絡するよ」


「すみません……受験勉強で忙しいのに……」


「何言ってんの。困ったときはお互い様でしょ。だから気にしないで」


 そう言って、三崎先輩は笑った。


---


 帰宅して自分の部屋に戻り、僕は大きく息を吐いた。


 全く、謎が多すぎる。


 令佳先輩がいきなり僕に別れを告げたのは、なぜなのか。三崎先輩とも連絡を絶っているなんて……尋常じゃない。


 そして。


 あの写真を撮って、僕に送ったのは、いったい誰なのか。


 今のところ怪しい人物は二人。一人目はアヤちゃん。しかし、彼女はそんな人間じゃ無い……と僕は信じたい。

 そして、二人目は、妹尾さんとか言う令佳先輩の元彼だ。正直、こちらの方が可能性は高い気がする。だって、茉奈によれば最近この人は先輩と会っている。先輩の様子が少しおかしくなったのも、ちょうどその時期からなのだ。


 だけど、いずれにせよはっきりした証拠は無い。手がかりと言えるものも……


 いや、待てよ。そう言えば、一つ手がかりになりそうなものがある。例のメールだ。


 まず、それをじっくり調べてみるか。気が進まないけど……もう一度、メールを開いてみよう。


 勉強用のスチール椅子に座った僕は、机に置いてあるデスクトップPCを起動し、ブラウザを開いて例のメールを表示する。


 ランダムに文字が並んでいる、いかにも迷惑メールの送り主のような形式のアドレスをWebで検索してみたけど、全く引っかからない。このアドレスに返信するのもちょっと恐くて躊躇するが、おそらく返信したところでメーラーデーモンからあて先不明で戻ってくるのがオチのような気がする。


 だったら、写真の方はどうか? 僕はファイルのEXIFイグジフデータ(撮影時の位置や露出、撮影機器などを画像ファイルに記録したもの)を調べてみた。だが、綺麗さっぱり消されている。やはりそれなりにスキルがあるヤツの仕業なんだな。その辺りはぬかりないか。


 やれやれ、お手上げか……と思い、僕は椅子の背もたれに身を投げ出す。


「……ん?」


 待てよ。


 こうして、少し離れた位置から写真を見てみると……何となく、違和感がある。


 まず、明らかにその写真の中の令佳先輩はメイクしているのだ。まあ……男と会うのにメイクするのは当然かもしれないが……普段はいつもスッピンの先輩が、こんなに濃いメイクをするものだろうか。実際、僕とデートする時だって、先輩はせいぜいリップクリームを塗るくらいのことしかしていない(ように見えるメイクなのかもしれないけど)。それにしてもこのメイク、まるで……


 ……え?


 まさか。


 画像処理アプリケーションを起動し、僕は例の写真を読み込んだ。そして拡大する。


 やっぱり、だ。


 ホテルの玄関は少し暗がりになっていて、全体的にノイズが微妙に入っている。隠し撮りだからフラッシュを焚くわけにもいかず、ISO感度を上げて撮影せざるを得なかったのだろう。


 しかし。


 令佳先輩の顔の部分だけ、ノイズの入り方が明らかに違う。


 僕の脳裏に閃いた、一つの仮説。それを検証するため、僕はYouTubeの新体操クラブの公式チャンネルを開く。令佳先輩が映っている動画は二つ。冬の演技会の高校の部と、今年の8月の地区大会だ。両方とも先輩が映っているシーンは6分ほどだ。僕はそれを、最初から最後までスロー再生で見てみた。


 あった。


 これだ。見つけたぞ。冬の演技会の動画の、このフレームだ。


 そこに映っている先輩の顔のアングルも、表情も……例の写真と完璧に一致している。若干色調が補正され、レタッチもされていて化粧が目立たなくなっているが……間違いない。


 これは、コラ画像だ。


 犯人は、このフレームから先輩の顔を抜き出して、写真に貼り付けたんだ。


 やっぱ、そうだよな。メイクした令佳先輩が見られるのは、演技会か大会くらいだもんな……


 そう思いながらあらためて写真を見てみると、確かに先輩の顔の部分だけ影の付き方が違う気がする。もちろんコラでなくても光源の配置によってこのように見えることもないわけでもないので、一概にそうだとも断定はできないが……


 ネットでコラ画像かどうかを調べるサイトがあるので、念のため僕はそこにも写真をアップロードすることにした。結果は……コラ画像である確率、80パーセント以上。やはり先輩の顔が、画像の他の部分と明らかに異なるようだ。


 ということは、令佳先輩……今回の件は、事実無根だったんじゃないのか?


 だけど……


 それなら、なんで彼女は全く言い訳もせず、僕に別れを告げたのだろう……


 なんだか、さらに謎が深まったような気がしてきた……


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