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 結局僕は、お祖母ちゃんの手作りクッキーを楽しみつつ速攻でロシアンティーを飲み終え、ムラッとした気持ちを発散するために全力で自転車をぶっ飛ばし、一目散に家を目指した。

 そして帰宅した僕はノートパソコンとUSB接続可能な2.5インチHDD用外付けケースとケーブルとドライバーを携え、すぐに令佳先輩の家にとんぼ返りする。


 駐輪場に自転車を置いて、玄関に向かうと、入り口の扉の前に先輩が立っていた。彼女の家の番号は分かるから、僕がインターフォンで連絡すれば家から出なくても扉を開けられるのに、わざわざ1階まで降りて待っていたらしい。この人には意外にこういう律儀なところがあるのだ。


 僕に気づくと、彼女はすまなそうな顔になる。


「ごめんねほんと。城山まで往復するの、大変だったでしょ? また喉渇いちゃったんじゃない?」


「いえ、大丈夫ですよ」僕は笑ってみせる。今は十月の初旬。夕方のこの時間なら全然暑くないし、僕の家からここまではほとんど下りなので、実際のところ汗は全くかいていなかった。「それよりも、さっさと片付けてしまいましょう」


「そうね……それじゃ、家に戻ろうか」


 先輩はテンキーで暗証番号を押す。


---


 先輩の部屋に戻った僕は、まず先輩のパソコンの筐体きょうたいを開け、SSD を取り出す。で、家から持ってきた機材を先輩の勉強机の上に広げ、椅子に座って作業を開始。SSDを外付けケースに入れて、USB ケーブルで僕のノートパソコンに接続する。


 ……やった! 普通に外部ドライブとして認識できた! これでとりあえず大事なデータはサルベージ出来そうだ。


「先輩、とりあえずデータは取り出せそうですよ」


「ホントに!?」先輩は満面の笑みになる。「凄いね! さすがハマちゃんだわ!」


「USBメモリかなんかあります? あれば大事なデータだけでもバックアップできますよ」


「そうね。だけど……このパソコンは、もう使えないの?」


「分かりません。ひょっとしたらリカバリすれば元に戻るかもしれないですけど、そうするとデータが全部消えてしまいますから……どっちにしろ、コピーしておいた方がいいと思いますよ」


「分かったわ。それじゃ、ハマちゃんお願い出来る?」


「え……? でも、先輩の個人情報ですよ? そんなの僕に見せてもいいんですか?」


「別に見せたらまずいようなデータなんかないから」


 マジか……すごく健全なパソコンの使い方してるんだな。僕だったらもう自分のパソコンの中身なんか絶対先輩に見せられないけど……


「データの場所とか私は良く分からないし、ハマちゃん、やってもらえない?」


「……分かりました。それじゃ、コピーする物だけもらえます?」


「マイクロSDカードしかないけど、それで大丈夫?」


「ええ」


 僕は令佳先輩から新品の 32GB マイクロSDカードを受け取り、付属のアダプターを付けて自分のノートパソコンのSDカードスロットに挿入する。確かに先輩の言うとおり、個人データのフォルダにはそれほどデータはないようだ。サイズ的にもこのカード一枚に十分収まるだろう。


「……ああっ!」


 突然先輩が大声を上げたので、僕は椅子から飛び上がりそうになる。


「な、なんですか?」


 なぜか先輩はバツの悪そうな顔になっていた。


「思い出した……一つだけ、見られたらまずいものがあるの……」


「え……何ですか?」


「元彼と一緒に撮った写真とか……動画とか……」


 ……。


 微妙な雰囲気が、二人の間に流れる。


「……ごめん」


 先輩はうなだれてしまった。


「『ピクチャ』のフォルダの中に、さらに『貴史』ってフォルダがあるから……それはコピーしなくていいよ」


 そこで先輩は、少し焦った顔になる。


「あ、でも、別に十八禁な写真とか動画はないからね! だから別に、ハマちゃんに見られてもいいんだけど……私はたぶん、もう二度とそのフォルダは開かないし、ハマちゃんもいい気分しないよね……しまったなあ。もっと早く消しておけば良かった……」


 ……。


 先輩はそう言うけど……多分彼女はそれを消さなかった・・・・・・んじゃない。消せなかった・・・・・・んだと思う。やっぱり、先輩もまだ完全に元彼のことを……忘れられていないんだ……


「ね、ハマちゃん。だからさ、それはコピーしないでくれる? ハマちゃんだって嫌でしょう?」


「でも、先輩の思い出、ですよね? それ、消して本当にいいんですか?」


「……いいよ」


 彼女の言葉の前の、一瞬のためらいが、彼女の本当の応えだった。


「わかりました」


 そう言いながらも、僕はそのフォルダも含めてコピーすることにした。


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