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 僕と令佳先輩が付き合い始めた、という話は新体操部にあっという間に広まっていた。令佳先輩も三崎先輩も引退して、部活には出てきていないというのに。どうやら茉奈が令佳先輩から直接話を聞いて、みんなに伝えたらしい。こういうのを「スピーカー」って言うんだろうな……


「浜田センパイ、おめでとうございます!」


 その日は月曜だった。いつものように体育館で撮影準備をしていると、アヤちゃんが声を掛けてきた。その顔には満面の笑みが浮かんでいる。


「あ、アヤちゃん……ありがとう」


 しかし……彼女にそんなふうに言われるのは、ちょっと複雑な気持ちだ……


「ほんと、よかったですよね。センパイ、令佳先輩のこと……ずっと好きだったんですものね」


「!」


 驚いた。


 当然だけど、僕はアヤちゃんに令佳先輩への気持ちを話したことなんか一度もない。それなのに彼女は僕の気持ちに気づいてたのか……?


「うそ……アヤちゃん、知ってたの?」


「もちろんですよ!」アヤちゃんの笑顔はますます冴え渡る。「だって、浜田センパイ……令佳先輩のことばかり、見てたじゃないですか」


 ……。


 思わず僕は、顔が火照るのを感じる。


「そっかぁ……バレバレかぁ……」


「バレバレです。だからわたし、六月に令佳先輩が彼氏と別れた、って話を聞いて、浜田センパイとくっついたらいいのにな、って思ってたんです。そしたら令佳先輩、いきなり浜田センパイのことを『ハマちゃん』なんて馴れ馴れしく呼び始めましたよね。なんだ、両思いか、って思いましたよ。でも……二人とも、なんか全然付き合ってるようには見えなかったから……何やってんだろう、って思ってたんですよね」


 ……まあ、僕自身はその当時両思いっていう認識、全くなかったからなぁ……令佳先輩も令佳先輩で、様々な思惑があったようだし……


「でも、いつかきっとこの二人は結ばれる、って思ってました! だから……嬉しいです」


 屈託のない調子で、アヤちゃんは続けた。


 なんだ……アヤちゃん、僕のことは何とも思ってなかったのか……令佳先輩の思い過ごしだった、ってことか……


「ありがとう」僕も笑顔を浮かべながら応える。「僕も嬉しかったよ。まさか、令佳先輩と付き合えるなんて……全然思ってなかったからね」


「良かったですね、浜田センパイ! お幸せに!」ニッコリして、アヤちゃんが僕に背を向け、歩き始める。


 おっと、そう言えば、彼女に大会で動画を撮影してくれたお礼をまだ言ってなかった。


「あ、アヤちゃん、待って」


 背中を向けたまま、アヤちゃんの足が止まる。


「大会で動画撮影してくれて……!」


 そこまで言いかけて、僕は息を飲む。


 一瞬僕の方を向こうとしたアヤちゃんの横顔が、涙ぐんでいたのだ。


 そしていきなり彼女は走り出すと、練習場の外に飛び出して行ってしまった。


「あ……」


 衝撃だった。僕の前ではいつも笑顔を絶やさなかったアヤちゃんが……泣いていた。僕の心が罪悪感で張り裂けそうになる。


 やっぱり、彼女は僕のことを……


 思わず追いかけそうになるが、僕は辛うじてそれを思いとどめた。


 ここで彼女を追いかけちゃダメなんだ。僕がすべきなのは、彼女がすっぱり未練を断ち切れるようにすることだ。令佳先輩の元彼が先輩にしたように。


 僕は平静を装いながら、撮影準備を再開した。


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 とは言え、僕は少し心配だった。


 これがきっかけでアヤちゃんが部を辞める、などということになってしまわないだろうか……


 アヤちゃんは最近とみに実力を上げている。おそらく次期部長候補だ。新部長の茉奈もそう考えている。そんな人材に辞められてしまうのは……部にとって非常に大きな痛手となる。


 だが、その次の日。


 茉奈によれば、アヤちゃんは平然と部活にやってきたらしい。その日は体育館での活動はなかったので僕は部に行っていなかったのだ。でも、次の木曜に僕が体育館に行くと、アヤちゃんは全然変わった様子もなく、いつものように練習に勤しんでいた。僕に対する態度も、何も変わっていなかった。


 良かった……


 やはり、アヤちゃんは思った以上に強い子だ。きっと、彼女にもすぐ彼氏が出来るんじゃないかな……


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