30

「……!」


 ギクッ、とした。


「あの子、ハマちゃんのこと、本気で好きなんだと思う」真剣な眼差しで、先輩が言う。「私も……ハマちゃんと彼女、結構似合ってる、って思ってた。この二人が付き合ったら上手くいきそうだな、って、まだ私が彼と付き合ってた頃はそう思ってた。でも……彼と別れて、ハマちゃんに優しくされて……いつの間にか、私……君たち二人の姿を見るのが……辛くなってた。それで私、自分の気持ちに気づいたの」


「……」


「だからね、私……君と付き合ったら、アヤちゃんの思い人、横取りしたことになるのよね……でも、君が本当はアヤちゃんのことが好きなんだったら……私は身を引くわ」


「……!」


 そんな……


「だから君も、自分の気持ちをはっきりさせて欲しい。別に、急がなくてもいいよ。じっくり考えて結論を出して欲しい。後悔の無いようにね」


「……」


 確かに、今の1年メンバーの中では、僕はアヤちゃんが一番好みではある。彼女の気持ちも……なんとなくは感じてた。だけど……


 一年以上僕がずっと慕ってきた、彼女よりも圧倒的に魅力的な女性が、目の前にいるのだ。しかもその人は今日、僕に告白してきた。そうだよ、じっくり考えるまでもないじゃないか。


「令佳先輩」


「え?」


「僕の気持ちは、もうはっきりしてますよ」


「!」


 先輩が目を丸くして、僕の顔を見つめる。


「確かにアヤちゃんは、かわいいし性格もいい子だと思います。だけど……僕はずっと令佳先輩が好きだったんです。その気持ちは今でも変わっていません。先輩は僕の理想のタイプなんです。だから……先輩に告白されたら、僕はもう先輩一択です。それ以外あり得ません」


「ハマちゃん……」


 先輩の目が、心なしか潤んでいるように見えた。


「ハマちゃんにそう言ってもらえると、すごく嬉しいよ……」


 先輩が熱を帯びた目で、僕を見つめる。


「先輩……」


 僕の目の前で、先輩が目を閉じた。


 このシチュエーション……本日二回目だ……よし、今度こそ……


 じわじわと、僕は先輩の顔に自分のそれを近づける。


 鼻の先同士がぶつからないように少しだけ顔を右に傾け、息を止める。唇と唇が……触れた。やった。先ほどは未遂に終わったけど、今回は……成功だ。


 先輩が少しだけ息を吸うと、唇同士がピタリと密着する。僕らはそのままキスをし続けた。


 やがて、先輩が顔を離す。


「もしかして……ハマちゃん、キスするの、初めてだった?」


「……ええ」僕は素直にうなずく。「ファースト・キスでした。でも、その相手が令佳先輩で……僕、よかったです」


「そっか……」先輩の表情が、少し曇る。


「ごめんね。私、初めてじゃなくて……」


「あ……」


 しまった。そうだよな……先輩、彼氏がいたんだものな。


「い、いえ、別に、僕……そんなの、気にしてませんから……」


 取りなすように僕は言う。だが、先輩の顔は冴えなかった。

 

「私、ファースト・キスはあいつにあげちゃったんだよね……今から考えると、なんてバカだったんだろう、って思う。私も、ハマちゃんが初めてだったら、良かったな……なんで、あんなひどいヤツに……あげちゃったんだろう……」


「……」


 分かってはいたけど……ショックじゃないと言えば、嘘になる。けど……しょうが無いよな。出会うのが遅かったんだから。


 だけど。


 令佳先輩の言葉に、僕はなぜか引っかかるものを感じた。


 そう。それはカラオケ屋で、先輩から元彼の話を聞いたときから、ずっと心の中でもやもやし続けていた。だけど、今、僕ははっきりとそれが何なのか気づいた。


「先輩」


「え?」令佳先輩が僕に振り向く。


「僕、先輩の元彼……そんなに悪い人だとは思えないです」

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