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実は、僕はそれが一番聞きたかった。この地域で新体操の名門と言えば北高だ。新体操部の伝統は長いし実績も厚い。それなのに、なんで先輩はもともと新体操部もなかった青野高校に入って、一から部を作り上げる、なんてことをしたんだろうか。
先輩は、なぜか少し悲しげな笑みを浮かべる。
「……才能、無かったのよ。私も……マユも、ね」
「え……」
そうなんだろうか……僕には、そうは思えないんだけど……
二人とも、基本的な演技は他の選手にも引けを取らないレベルだと思うし、練習を積めばもっともっと伸びるんじゃないだろうか。現に、令佳先輩は今回三位に入賞したじゃないか。
「中学になったらね」先輩が悲しげな顔のまま言う。「だんだん脂肪が付いて体が重くなってきたのよね。そうなると、やっぱり上手く体を動かせなくなってしまって……それで、私、かなり無理してダイエットしたのよ。そしたら練習中に低血糖でぶっ倒れてね」
先輩の笑みに、自嘲めいたニュアンスが混じる。
「お医者さんに怒られちゃった。『あんたたちの年頃の女の子は体に肉が付くのが当たり前なの! それなのに無理して痩せようとしたら、これからの成長にすごく悪い影響を与えることになるよ!』って、さ……でもね、世の中には、そんなに無理しなくてもスリムな体型をずっと維持している選手もいるのよ。それはもう、天が与えた才能よね。私とマユには……それはなかった」
「でも、才能なんて……練習を積めばカバー出来るものなんじゃないんですか?」
僕がそう言うと、先輩はゆっくりと首を横に振る。
「ううん。練習とか努力とかではどうにもならないこともあるの。私やマユでは、どう頑張ってもトップには立てない。中学の時に、そう痛感させられたわ」
「そんな……」
「それにね、私、もともと読書は好きだったんだけど、中学に入ってそれに拍車がかかってね。図書室で良く本を読んでた。それで、新体操の選手を目指すよりも、将来大学で文学の勉強をしたいな、って思うようになってね。で、大学に進むんだったら、やっぱりこの辺りじゃ青高が一番じゃない。マユの将来の夢もスポーツドクターだから、医学部受験を目指してるのよね。だから私と一緒に青高に来た、ってわけ」
マジか……三崎先輩、医学部志望なのか……それで国立理系クラスだったんだ……すごいな。
それと、確かに最近令佳先輩と話す機会が増えたけど、意外に僕と小説の話で盛り上がることがよくあった。と言っても、僕がよく読むのはラノベとか Web 小説サイトに投稿されている作品とかなんだけど、先輩はそれらに加えて海外の有名作家の作品なんかも読んでいた。特にロバート・A・ハインラインの「夏への扉」というSF小説がお気に入りで、勧められて僕も新訳版を読んだけど、確かに面白かった。先輩は古い訳の文庫本も持ってるらしい。
「だけど、勉強ばっかりなのも……体に良くないし太っちゃいそうだったから、やっぱり運動も適度にしておきたいな、って思って、マユと一緒に新体操部を作って活動を始めたの。ま、二人とも思ったよりも部活に熱中しちゃったけど、成績が下がるほどじゃないわ。模試の結果じゃ一応第一志望は今のところ私もマユもA判定だし」
そうか……二人とも、すごい優秀なんだな。だけど……ってことは、受験勉強やめて新体操の練習に全力を尽くせば、やっぱりもっと上位に入賞できたんじゃないんだろうか。
でも、二人はその道を選ばなかった。そうだよな。自分の人生なんだもの。二人とも自分の目指す方に進むべきだ。僕はどうこう言える立場じゃない。
「はい。というわけで、私の話はおしまい。満足かしら?」
そう言って、先輩は小首をかしげて僕を見る。
「え、ええ」
「良かった」先輩がニッコリと笑う。「で、次は私が質問する番だね」
「あ、そうですね」
なぜか先輩は、鋭い視線を僕に向けてきた。
「ハマちゃんさ……ぶっちゃけ、アヤちゃんのこと、どう思ってる?」
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