27

 僕の唇が彼女のそれに、1センチほどの距離にまで近づいた、その時。


 電話の着信音。


「!」


 思わず僕は先輩から飛びのく。


 鳴っているのは部屋の電話だった。どうせフロントから、終了時間が来た、という知らせの電話だろう。全くもう、めちゃくちゃいいところで邪魔されてしまった……


 まあでも、しょうがない。僕は受話器を取る。


『もうすぐお時間です。延長は、なさいませんね?』


 予想通り、フロントからだった。


 時計を見ると、19:50。この店は、18歳未満は20時以降利用出来ない、というルールになっている。


 令佳先輩をチラリと見ると、彼女も、しょうがないね、とでも言いたげに肩をすくめた。


「分かりました」


 僕は応えて受話器を置く。


---


 令佳先輩は先に帰っていったメンバーからカラオケ代を預かっていたので、それに僕と彼女自身の分の料金を合わせてフロントで会計を済ませた。


「せっかくいいところだったのにね」


 カラオケ店を出て歩きながら、先輩が僕を振りかえって言う。


「……」


 僕は苦笑を返しただけだった。その言葉には全くもって同意せざるを得ない。まあでも、確かにいいところを邪魔されてしまったけど、お互いの気持ちが分かった以上、これからもこういうチャンスは十分あると思う。だから僕は、それほど残念ではなかった。


 夜の繁華街は様々な灯りがミックスされて、独特な雰囲気が醸し出されている。週末だったせいで人通りはかなり多かった。僕ら二人もその中に紛れて歩く。


 ふと空を見上げると、満月から少し欠けた月が浮かんでいる。市街地の灯りの影響で星はあまり見えないが、さすがに月の存在感は別格だった。


「♪月がとっても青いから~」


 令佳先輩がいきなり歌い出した。例によって、微妙に音程がずれた声で。その歌、僕も聞いたことある……けど、めちゃくちゃ古くないか? 昭和の、それも30年代くらいだったと思うんだけど……


「ハマちゃん、この歌知ってる?」


「ええ……だけど、結構古い歌ですよね」


「そうね。私のお祖母ばあちゃんが日本に来たときに、ちょうど流行っていた歌なんだって。お祖母ちゃんが大好きで、昔は良く歌ってた」


 ……ちょっと待て。先輩、今、何気にさらっと衝撃的なこと言ってないか?


「日本に来た、って……先輩のお祖母ちゃんって、日本人じゃないんですか?」


「あれ、言ってなかったっけ。私のお祖母ちゃん、ロシア生まれのロシア育ちよ」


「えー!」


 知らなかった……ってことは、令佳先輩って、クォーターだったのか……確かに、言われてみればちょっと日本人離れした顔立ちかもしれない……色も白いし……


「ハマちゃん、今度私の家に来たら、お祖母ちゃん紹介するよ。普通に日本語通じるから」


「そうなんですか」


 先輩のお祖母ちゃんか……どんな人なんだろう。


 いつの間にか、僕らは町外れの公園にたどり着いていた。


「ちょっと、ここで話さない?」令佳先輩が言う。


「いいですけど、先輩、門限とか大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。今日は打ち上げで遅くなるかも、って家には言っといたから」


「そうですか。でもここって、この時間カップルばっかじゃないですか」


 僕がそう言うと、先輩は口を尖らせる。


「ねえ、私達はカップルじゃないの?」


「……ですね」


 そうだった。僕らはお互いの気持ちを確かめ合った。そして、キスの一歩手前まで行ったんだった……


「じゃ、行こうか。月がとっても青いから、遠回りしましょう」


「はい」


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