25

「……!」


 信じられなかった。僕、先輩から告白された……?


 茫然自失。頭の中が真っ白になる、というのはこのことか。全く何も考えられない。


 だが、僕はすぐに気づく。


 ああ、これはいつものパターンだ。先輩は僕をからかってる。そうさ。先輩はすぐに、"なあんちゃって" とか言って、クスクス笑うはずだ。引っかかるもんか。


 だから僕は、先輩が "なあんちゃって" と言うのを、今か今かと待ち構えていた。


 ところが。


 いつになっても先輩は "なあんちゃって "を言わなかった。それどころか、僕を見つめる彼女の顔に浮かんでいた微笑みが、どんどん強ばっていく。とうとう彼女は下を向いてしまった。そして、ポツリポツリと呟くように言う。


「ひどいよハマちゃん……何か言ってよ……私、ものすごい勇気出して、告白したんだよ……? 嬉しいとか、迷惑だとか……はっきり言ってくれて……いいから……」


 ……。


 僕は直感する。ここまで来れば、これはマジだ。先輩は、マジで僕に告白したんだ……


「え、ええと……僕、嬉しいっすよ」


「!」


 一瞬で先輩の顔が跳ね上がる。


「嬉しいっす……けど」


「けど!? なに!?」


 畳みかけるように先輩が詰め寄ってくる。


「先輩には、彼氏が……」


「いないわよ」


 僕の言葉を遮るように、先輩が言った。


「別れたのよ……2ヶ月前にね」


「え……」


 思わず僕は先輩の顔をのぞき込む。そこには自嘲めいた笑みが浮かんでいた。


「そうね。ま、それまでにも、予感めいたものがなかったわけじゃないんだけど……いきなり言われたの。『好きな人が出来た。別れてくれ。そもそもお前とは最初から遊びのつもりだった』ってね。私、あんまりにも頭にきてさ、思わず引っぱたいちゃった。『ふざけんじゃないわよ! あなたがそんな男だったとは思わなかった。私の方こそ、もうあなたの顔なんか二度と見たくないよ!』って、タンカ切って……なんて言うとかっこいいけど、その時の私、涙ぼろぼろで、全然かっこよくなんかなかったんだ……でもね」


 それまでは少し悲しげに話していた先輩の顔が、いきなり明るくなって僕に向けられる。彼女は僕をじっと見つめたまま、言った。


「そんな時に、誰かさんが私に優しくしてくれたのよね」


「……え?」


 もしかして、僕のこと?


「ハマちゃん、6月にさ、体育館から帰る時、玄関で私を呼び止めて動画を見せてくれたことあったよね。覚えてる?」


 ……あ!


 そう言われてみれば、確かにそんなことがあった……あれは、僕にとってもかなり印象的なことだったので、よく覚えている。僕が部のコーチ的な存在となるきっかけとなった出来事だった。


「ごめんね。私、あの時ハマちゃんにちゃんとお礼も言えてなかったよね。あの時、私……ちょうど別れたばかりの時でね。ハマちゃんが優しく励ましてくれたのが、とても心に沁みたの。すごく、すごく嬉しかった……それで、思わず泣き出しそうになっちゃったんだ。でも、君に泣き顔見られたくなかったから、すぐに帰っちゃって……ひどいよね。すごく感謝してたのに、あの時何も言えなくて……本当に、ごめんなさい」


 そう言って、先輩は僕に向かって頭を下げる。


「そ、そんな……大丈夫っすよ、先輩……あの後で、ちゃんとフォローしてくれたじゃないですか!」


「……え?」


 先輩が顔を上げる。


「ほら、その次の週、体育館で……僕を呼んで、演技が上手くいくのを見せてくれたでしょ? そして、これからは部のみんなにもアドバイスしてほしい、って言ってくれて……僕、すごく嬉しかったんです」


 僕はニッコリと微笑んでみせる。


「そっか。そうだったね」令佳先輩がうなずく。「でもさ、ハマちゃん……反則だよ? 失恋したばかりの女の子に優しくするのって……そんなことされたら、好きになっちゃってもおかしくないよ……」


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