24

 ……!


「ごほっ! ごほごほっ!」


 見事に水が気管に入ってしまった。


「ちょ、ちょっと、大丈夫?」


 心配そうな顔で、先輩が僕の背中をさする。ようやく落ち着いた……


 って、ちょっと待て、僕、先輩に今、ボディタッチされてる? いや、それも十分衝撃的だけど、さっき先輩、それ以上にトンデモないこと口走らなかったか?


「はぁっ……はぁっ……すみません。もう大丈夫っす……けど、先輩、今、なんて言いました?」


 僕の聞き間違いでなければ、確か、「ヌードを撮ってくれ」とか言ったような……


「ハマちゃんにね、私のヌードを撮ってもらおうかな、って言ったの」


「……」


 聞き間違いじゃなかった。僕は内心うろたえながらも、努めて冷静を装う。


「え、ええと……マジで言ってんすか? 冗談だとしたらちょっとキツすぎますよ」


「マジよ」文字通り、先輩は真面目な顔で言ってのける。


「……理由を聞いてもいいすか?」


「だって私、18歳の時のありのままの自分の姿、っていうのを残しておきたいな、って思うのよね。ハマちゃんなら写真の腕は確かだし、綺麗に撮ってくれると思うから。それにハマちゃんは、私のコスチューム姿見ても何とも思わないんでしょ? だったらヌードでもそうだよね?」


「いやいや! 全然違いますって!」僕は思わずツッコむ。


「どうして? コスチュームだって体の線完全に出てるし、似たようなもんでしょ?」


「全然似てませんって! コスチュームは見えちゃいけないところは見えないじゃないですか! でもヌードって、裸でしょう? 全部丸見えでしょう? 先輩は僕に全部見せてもいいんですか?」


「いいわよ。別に減るもんじゃないし」


「おっさんみたいなこと言わないで下さいよ!」僕のツッコミはますます冴え渡る。というか、先輩ボケ過ぎだろ……


「いいですか、先輩の裸って、僕なんかに気軽に見せていいものじゃないですよね?」


「ハマちゃんは私の裸、見たくないの?」


 先輩が、鋭い視線を僕に向けていた。


「いや、だからそういうことじゃなくて、ですね、先輩が僕に裸を見せる、ってことが何を意味するのか、もう少し慎重に考えるべき……」


「答えて。私の裸、見たいの? 見たくないの?」


 食い気味にそう言った先輩は、相変わらず僕を睨み付けている。


「……」


 困った。これはもう、はっきり言わないとどうしようもないらしい。


「……見たくないっす」彼女から目を背けながら、僕は言った。


「え……」先輩の顔が、愕然、といった表情に変わる。「見たく……ないの?」


「ええ」


「……そう」


 悲しそうな声だった。


「そっか。私、ハマちゃんにとって、魅力的じゃないんだ」


「違いますよ」


「え?」


「僕にとって先輩は……超絶魅力的ですよ。僕、先輩の裸なんか見たら……とても正気じゃいられないです。だから……見られません」


「……なぁんだ。ってことは、要するに、ほんとは見たいってことなわけね」


 打って変わってニヤニヤとした笑顔。だけど、それを浮かべる前に一瞬、先輩は安堵の表情になっていた。


「……そう受け取ってもらってかまいません。だけど、先輩、本来女の人の裸って、好きな人にだけ見せるものなんじゃないんですか? 僕が見たいから、って、見せていいものじゃないですよね?」


「ええ。だから、私は好きな人にだけ見せるつもりよ」


「……は?」


 意味が分からない。この人は、いったい何を言ってるんだ?


 いぶかる僕の顔を、先輩は真っ直ぐ見つめる。そして、少しためらいながらも、はっきりと言った。


「私は……ハマちゃんのことが、好きだから……」


---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る