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 先輩、そんなことが気になってたんだ。


「そうですね……中学の時に、すごく綺麗な風景写真見て、感動したんです。それで、僕もこんな写真が撮りたい、って思ったんですよね」


「そうなんだ」


「ええ。でも、そのためには一眼レフみたいなレンズ交換式のカメラが必要だって分かって、だけどそういうカメラはすごく高くて……どうしようか、って思ってたら、叔父さんがカメラ買い換えたから、って言って、十年前の古いカメラをタダでくれたんです。それを今でも使ってます」


「それじゃ、君が使ってるのは元々は叔父さんのカメラなのね」


「そうです。ただ、レンズは自分で買ったのもありますよ。三十年くらい前のものすごい中古ですけど」


「ええっ!」先輩が目を丸くする。「そんな古いレンズ、今でも使えるの?」


「ええ」僕は得意そうにうなずく。「僕の使ってる機種はその当時のレンズも使えるんです。と言ってもその頃はもちろんデジタルカメラなんかないので、フィルムの一眼レフ用のレンズですけど、下手すりゃ千円以下でもそこそこ程度のいいものが買えますよ。僕が今メインで使ってる望遠ズームレンズも500円で買ったものです」


「500円!? 安っ!」先輩の両目が、さらに見開かれた。「いくら古いって言っても、安すぎじゃない?」


「ええ。実は、レンズのガラスにカビが生えてたんで、この値段だったんですよね」


「え!」先輩がギョッとしたように眉をひそめる。「レンズのガラスって、カビが生えるものなの?」


「生えるんですよ。だから僕、レンズは乾燥剤を入れた大きめのタッパーに入れて保管してます。でも、カビが生えても、カビキラーとか使って拭き取れば全然問題なく使えますけどね。ただ、外から拭き取れる範囲だったら楽なんですけど、内側のレンズにカビ生えちゃうと厳しいです。分解しないといけなくなるので。僕が500円で買ったレンズは表面だけカビが生えてたんで、それを拭き取ったらもう全く問題ないです」


 ふと僕は、令佳先輩はこんな話に興味ないかも、と思い、いい気になって喋り続けてしまったことを少し後悔する。だけど先輩はしきりに相づちを打ちながら聞いていて、僕が話し終わると、


「そうなんだ……ハマちゃん、いい買物したね」


 と言って、いつもの女神スマイルを見せた。


「い、いや……たまたまです」


 僕はかゆくもない頭を掻いてみせる。


「そんな、カビも生えるような古くて安いレンズで、あんな綺麗な写真が撮れちゃうんだから、やっぱハマちゃんって、すごいよね」


「そ、そんなことないですって……」


 な、なんか、やたら先輩に持ち上げられるんだけど……照れくさくて仕方ない……


 けど。


 待てよ……まさか、先輩、僕をおだてて、何か頼み事でもするつもりなのか?


 今までも何度かそういうこと、あったからなぁ……その用心はちょっとしておいた方がいいかもな。


 そんな僕の心の中を知ってか知らずか、先輩は相変わらず屈託のない調子で続ける。


「そっかぁ。それじゃ、ハマちゃんはやっぱり、風景写真が好きなの?」


「そうですね。僕の家、城山しろやまの麓ですから。城山近いんで、しょっちゅう登って写真撮ってますよ。朝とか夕暮れとかの時間帯が、シャッターチャンスなんですよね」


 城山は、戦国時代に頂上に城があったという、標高300メートル程度の山……というか、丘?……だ。それでも春はカタクリの花や山桜が咲き、秋は紅葉でカラフルに彩られる。被写体には事欠かない。身近なネイチャーフォトスポットだ。


「ちょっと待って。ハマちゃんって、城山団地なの?」


「ええ」


「あの急坂、毎日登ってるの? 自転車で?」


「……まあ、帰りはそうですね。行きは下りなんで楽ですけど」


「へぇ……そうなんだ」


 なぜか先輩が、納得したような顔で僕を見ている。


「あの坂は私らもロードワークで走って峠の入山口まで往復したりするけど、団地まで行くのだって一苦労だよね。だけどハマちゃんはあの坂を毎日自転車で上り下りしてるんだ……なるほどねぇ。道理で」


「何が、道理で、なんですか?」


「私ね、ハマちゃんってカメラオタクの割にはえらく引き締まった体してるなあ、って常日頃疑問に思ってたのよ。やっとその理由が分かったわ。そりゃあ毎日あの坂登ってたら、鍛えられるわけよね」


「……」


 カメラオタク、ってのはちょっと否定したいところだが、令佳先輩に「引き締まった体してる」なんて言われるとは思わなかった。この人、意外に僕の体を見てたりするんだ……ちょっと嬉しい、かな?


「それじゃハマちゃんは、やっぱり風景写真が一番得意分野なのね」


「まあ、そうっすね」


「女の子をモデルにして写真撮ったりはしないの?」


「しないっすよ。そもそも、モデルになってくれる女の子がいないっす」


「モデルなんて、カノジョに頼めばいいじゃない」


「……」


 僕はあえて大げさにため息をつく。


「はぁ……先輩、僕に彼女とか、いると思ってんですか?」


「いないの? だってハマちゃん、うちの部の一年生に結構人気あるよ?」

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