17

 僕が令佳先輩に動画を見せた、次の週の月曜日。


 体育館での練習日だ。気が重かった。


 どう考えても先輩に合わせる顔がない。それでも行かなくてはならない。僕はもうほとんど部員と同じ扱いなのだ。


 憂鬱な気持ちを抱えながら、僕は体操練習室に入る。


「あ、浜田くーん!」


 いきなり令佳先輩の声が飛んできた。


「!?」


 思わず声の方に振り向くと、笑顔の先輩が僕に向かってぶんぶんと右手を振っている。


「令佳先輩……?」


 僕が近づくと、先輩は心底嬉しそうに言った。


「ね、浜田君、見ててくれる?」


「え、ええ……」


 僕がうなずくのを見て取ると、先輩はクラブを手に取り、そばにいた茉奈に手拍子を頼んでマットに向かい、茉奈の手拍子に乗って演技を始めた。両手のクラブを一気に投げ上げ、前転を2回繰り返し……見事にキャッチ!


 やった! 先輩、また出来るようになったんだ!


「浜田君の言ったとおりだったよ」


 演技を終えた令佳先輩がまた僕の前に戻ってきて、ニコニコ顔で言った。


「あれから、一瞬待ってクラブを投げ上げようと心がけてみたの。そうしたら……上手くいくようになったのよ! 浜田君のおかげだよ! 本当にありがとう!」


「マジっすか……」


 僕のアドバイスが……役に立ったのか……


「浜田君、君のアドバイス、すごく的を射ていると思うから……これからはみんなにも、今回と同じように映像見てアドバイスしてくれる?」


 うおおおお!


 僕は天にも昇る心地だった。


 やっぱり、この前の先輩はスランプで機嫌が悪かっただけなのかもしれない。きっとそうだ。


 良かった……先輩に動画を見せておいて……


「え、ええ……僕のアドバイスで良ければ、喜んで」


 僕がそういうと、先輩の笑顔がさらに輝いた。


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 その後、僕は先輩以外の部員に対してもアドバイスをするようになった。いつの間にか僕はコーチのような存在になりつつあった。


 中でも1年2組のさかい 彩奈あやなさんは、初心者にもかかわらずメキメキと上達し、あっという間に経験者と同じくらいのレベルにまで到達した。


 きっと彼女には素質があったのだろう。別に僕のコーチが良かった、というわけでもないと思うし、そもそも僕はコーチするならメンバー全員平等にするように心がけていたので、彼女にだけ特別にコーチしたわけでもなかった。


 それなのに彼女はなぜか、


「ここまで上達したのは浜田センパイのおかげです!」


 と言って、僕に対しては常に尊敬の態度を崩さなかった。


 正直、僕の主観で言えば、彼女はルックス的には新入部員の中でベストだと思う。顔立ちは実にかわいらしいし、体付きもちょっとぽっちゃり気味ではあるけど、太っているというほどでもない。そして……おそらく部員の中でも最大クラスのバストの持ち主。そんな後輩から尊敬の眼差しで見られるのは、非常に光栄であると言えなくもない。


 だけど、これが恋愛に発展するか、というと……


 元々僕はそんなにモテる方でもないので、女子に恋愛対象として見られる、ということが全く想像できない。実際、茉奈を含む同学年のメンバーからそんな風に思われているようには全く思えない。もちろん三崎先輩や……悲しいけど、令佳先輩からも、だ。


 それに。


 僕自身、堺さんよりも遥かに魅力的な女性が身近にいるわけだ。令佳先輩、という。


 やはり、僕にとっては令佳先輩がストライクゾーンど真ん中なのは間違いない。だけど……先輩には彼氏がいる。どう考えても僕が彼女の恋愛対象になることはあり得ない。そう考えれば……やはり、僕のことを好きでいてくれる女の子がいるのなら、その子と付き合う方が現実的……ってことだよな……


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