16
その日は6月の梅雨時期。一日中雨が降っていた。
「令佳先輩」
僕は体育館の玄関で、ジャージのまま靴を履き替えていた令佳先輩を呼び止める。
「ああ、浜田君」
そう言った先輩の顔が、少し迷惑そうに見えた僕はうろたえる。
「あ、すみません……忙しいんでしたら、別にいいんです……」
だが、先輩は笑顔を作ってみせた。
「ううん。全然忙しくないよ。なに?」
「……実は、先輩にちょっとこの動画を見て欲しいんですけどね」
気を取り直した僕は、ノートパソコンを開いて先輩に画面を見せる。
その日の先輩は明らかにスランプだった。両手のクラブを真上に投げ上げて、前転した後に落ちてきたそれらを掴む、という演技をずっと練習していたのだが、どうしても成功しなかったのだ。三日前の月曜日には出来ていたのに……
そこで、僕はその出来ていた時の動画と今日の動画を見比べて、あることに気づいた。それを先輩に伝えよう、と思ったのだ。
「ほら、これが三日前のクラブの演技の動画です。で、これが今日の動画。違い、分かります?」
「ううん。分からない」
「それじゃ、コマ送りにしてみますね」
僕は二つの動画をコマ送りにして再生してみせる。
「……分かりました? 今日の動画は三日前の動画に比べて、ちょうど2コマ分、クラブを投げ上げるのが早いんですよ。それで最終的にキャッチするタイミングが合わなくなってるんじゃないかなあ、と思うんですが……」
「……」
先輩は画面を見つめたまま何も言わない。しょうが無いので僕は続ける。
「動画は1コマが1/30秒なので、2コマだと1/15秒……ええと、約0.07秒ですね。なので、先輩、今度からワンテンポ待ってクラブを投げ上げるようにしてみたら……どうですか?」
「……」
相変わらず、先輩は無言のままだった。間をもたせるのにすっかり困ってしまった僕は、とりあえず思いついた言葉を片っ端から並べる。
「え、ええと……先輩、なんか、今日は調子悪かったみたいっすけど……スランプは誰にでもあることですし……あんまりクヨクヨしないで、嫌なことは忘れて、無心に取り組めば……きっと、すぐにスランプから脱出できますよ……!?」
そこで僕は、先輩が異様な眼差しで僕を見つめていることに気づいた。
やけに熱がこもったような、視線。
先輩の目力が強いだけなのかもしれないが、それが僕を睨んでいるようにも見えて、僕は少したじろぐ。
「せ、先輩……?」
だが、先輩はすぐにくるりと踵を返し、背中越しにちらりと僕を振り返る。
「ありがと、浜田君。参考にするわ」
そう言って、彼女は僕に背を向けたまま、そそくさと玄関を出て行った。
……。
しばらく、僕は呆然とそこに突っ立ったままだった。
ありがとう、とは言ってくれたけど、どう見ても先輩は全然嬉しそうじゃなかった。
なんでだろう……僕、なんか悪いこと、言っちまったのかな……
しかし、その疑問に対する答えはすぐに僕の胸に湧き上がった。強い後悔の念と共に。
よく考えれば当たり前だ。先輩だって僕みたいなズブの素人に、新体操についてアドバイスなんかされたくはないよな……僕は彼女のプライドを傷つけてしまったのかも……
なんてこった……差し出がましいことをやっちまった……
僕はがっくりと頭を垂れた。
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