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「!」
そうか、こいつ、茉奈のこと……
「俺、いつもなら自分のスマホで彼女の演技、撮影してたんだけど、今日は病室に置いてくるしかなかったからな」
「そうか……」
なるほど。考えてみれば、こいつは僕なんかよりもずっと前から美羽ちゃんの応援のためにこの演技会に来てたんだ。それで茉奈の演技もずっと見てたんだな。そんな前から茉奈のこと好きだったのか……
「良太……茉奈に、自分の気持ち、伝えたのか?」
「まさか!」良太はぶんぶんと首を横に振る。「そんなの言えるわけないだろ。俺、彼女と一度も話したことないんだ。中学は違うし、高校では一緒になったけど、クラスは違うしさ。彼女だって俺なんか全然知らない人だろうし……ただ、俺自身は、さ……毎年いつも演技会で彼女のこと見かけてて……かわいい人だな、ってずっと思ってて、さ……」
こいつ……意外に純情なヤツだったんだな。
確かに良太はいい奴だ。できれば彼の願いを叶えてやりたい。だが……
僕はかぶりを振ってみせる。
「残念ながら、そういう個人的な頼みには応じるな、と令佳部長に言われてんだ。だけど、その内 YouTube チャンネルに茉奈の動画も上げるから、それを見てくれ」
「……わかった。動画アップしたら教えてくれ。じゃな」
良太はそう言うと、手を振って踵を返し、美羽ちゃんの方に駆けていく。
ひょっとしたら……良太が病院から速攻で戻ってきたのは、茉奈の演技を見たかった、てのもあるのかもな……
茉奈だって、ちょっと口が悪いところはあるけど基本いい奴だし、今のところ彼氏がいるような気配もない。あいつとの仲を、なんとか取り持ってやれたらいいんだけど……
「浜田」
突然、背後から声が掛けられる。振り向かなくても声だけで茉奈だと分かった。驚いたな。噂をすればなんとやら、ってヤツか。口に出して噂したわけじゃないけど。
「な、なに?」
振り返ってみると、やはりそこにいたのは茉奈だった。ジャージの上にコートを羽織った帰り仕度の彼女の顔は、なぜか少し赤らんでいるように見えた。
「今君が話してたの、美羽ちゃんのお兄さんだよね」
「ああ。良太、って言うんだ。タメ年で、僕とは中学から一緒」
「そうなんだ。やっぱ彼、同じ学校……だよね? なんか、時々学校で見る気がする」
「そうだよ。あいつは2組だけどさ」
「ふうん……そうか……」
「なに? 良太になんか用事でもあるの?」
「ううん。なんでもない。浜田、今日はお疲れ様でした。じゃあね」
「ああ、茉奈もお疲れ様」
互いに手を振ると、茉奈はそのまま玄関に向かっていく。
なんだ。茉奈も良太のこと、気になってるんじゃないか? これなら意外とすぐになんとかなっちゃうかもしれないな。
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僕はクラブの演技会の模様を録画したムービーの編集を始めた。フリーソフトでも十分出来るけど、4Kの解像度のままだと、僕のノートパソコンではレンダリング(最終的な映像の書き出し)にえらく時間がかかってしまう。なので、解像度は2Kまで落とすことにした。それでも Web 動画なら十分だろう。
問題となりそうなキワドイ映像は、そもそも撮影の段階からしてほとんど無かった。と言っても、見ようによってはそんな風に見ることも出来なくはない、という映像もあるのだが、皆がOKしたものであれば、僕は普通にアップロードしていた。
ただ、演技の際の BGM が版権物だったりすると、その映像がいきなり公開停止になってしまうのは参った。なので、そういう場合は編集の際に音声を削除するしかなかった。
動画を公開すると、アクセスはそれなりにある。とは言え、再生数は一日平均でも一ケタしかない。SNSとかで宣伝すればもっと増えるのかもしれないが、市の新体操クラブは公式なSNSアカウントを持っていないし、あまり大っぴらに宣伝もして欲しくない、というのが大多数のクラブメンバーの意向だったので、僕はそれを尊重するしかなかった。だけど……これじゃ、アドセンスの支払い金額の8,000円に到達するのは、いったいいつになることやら……
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