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体育館に帰ってきたのは 13:55 。開会式にも十分間に合った。汗だくのまま息を切らしながらも、早速僕は機材をセットアップする。ありがたいことに、新体操部のメンバーが撮影ポイントに手近なコンセントからコードリールを使って電源を引いて、パイプ椅子も一つ置いてくれていた。これでハンディカムとパソコンの両方の電源が確保出来る。
ハンディカムを三脚に乗せ、先に撮影を開始する。開会式は基本的に壇上で来賓が挨拶するだけなんで、一旦撮影アングルを固定してしまえば後はカメラに触ることもファインダーを覗くことも必要ない。僕はカメラにつないだ HDMIケーブルをキャプチャデバイスに接続し、デバイスを USB 経由でノートPCに接続する。さらにノートPCのもう一つの USB 端子に由之から借りた USB メモリを挿して、ドライバとユーティリティをインストール。同時にスマホとノートPCを Wi-Fi テザリングで接続する。
ライブ中継準備完了。僕はヘッドセットをパソコンに接続し、早速 Skype を立ち上げ良太に通話をかける。良太は速攻で接続してきた。カメラ画像の右下に彼の顔が映る。
『待ってたぜ。こっちは準備OKだ。HDMIで病室のテレビに接続したし、自動着信応答も設定したからな』
ヘッドセットから良太の声が明瞭に聞こえる。まあ、今回はこちらの聞こえ具合はどうでもいい。むしろ良太側の映り具合と聞こえ具合の方が重要だ。
「あ、自動着信だったのか。どうりで速攻で接続出来たわけだ。こっちのカメラの映像と音声はどうだ?」
『ああ。よく見えるし、お前の声もよく聞こえる。お袋も
「それはよかった」
『だけど、俺も出来ればそっちに行きたいからな。現地で美羽を応援する奴が誰もいないのも寂しいだろ? だから自動着信を設定したんだ。これなら俺がスマホを置いておけば、いつでも着信して中継出来るしな』
「なるほど。確かに」
『だから、この通話が終わったら俺はそっちに行くよ』
「わかったけど、その前に一つだけ」
『なんだ?』
「これからカメラの音声に切り替える。ちゃんと聞こえるか、確認してくれ」
『分かった』
僕は Skype を操作して、音声のソースをヘッドセットのマイクからHDMIに切り替える。ちょうど画面の中では市の新体操協会長が壇上で開会のあいさつをスピーチしているところだった。北高新体操部の顧問をしている、40代くらいの女性。山崎コーチの先輩に当たるそうだ。
『良く聞こえる』と、良太。
「OK。それじゃ、気をつけて来てくれ」
僕は再び音声をヘッドセットに戻して言う。
『了解。それじゃな』
通話が切れる。後は美羽ちゃんの演技が始まるまで、Skypeの接続は切ったままだ。そうしなきゃあっという間にパケ死してしまう。僕はアプリで使用パケットを確認する。
……げ。想像以上だ。今30秒くらい接続しただけでも、ガッツリ残り容量が減っている……
まずいな、容量が尽きたら通信速度が一気に遅くなる。そうなるとおそらく画質はガクッと下がるし、フレームレート(1秒間に表示するフレーム数)も落ちてカクカクした動きになる。いや、下手すれば接続が切れてしまうこともあるのだ。
しかし、このペースでパケットを消費してたら、間違いなく美羽ちゃんの演技中に容量が尽きてしまう……チャージしたくても、僕のスマホは勝手にそういうことができないように父親が暗証番号を設定しているし、これまでは容量を使い切って遅くなっても、我慢してそのまま使っていたから、そもそもチャージする必要性を感じてなかった。だけど、今はチャージしないと非常にまずい状況だ。くそ……どうしたらいい……
だが、悩んでいる時間はなかった。会長の挨拶が終わると、さっそく演技会が始まる。撮影しなければ。僕は FDR-AX700 のファインダーをのぞき込んで録画ボタンを押す。
最初は小学生の部。演技者は10人くらいだが、得意な一種目だけ演技する事になっているので、20分くらいで全員終わる予定だ。
小学生については、僕はレンズをズームアウトして、かなりのロングショット(被写体から距離を置いた構図)で撮影することにした。アップで撮影すると児ポとみなされてしまいそうだったからだ。正直、僕にはそういう趣味は全くないし、理解したいとすら思わないんだが。
だけどネットに公開するとなると、どうしても配慮が必要になる。とにかく僕はマットが全部映るくらいのフレームでカメラを回し続けた。演技者はかなり小さく映ってしまうが、それでも演技の様子はなんとか分かる程度だ。これで十分だろう。ロングなので頻繁にカメラを動かす必要が無く、撮影そのものはかえって楽だった。
そして、中学生の部。全部で6人。全員が四種目フル演技する。美羽ちゃんの最初の種目、フープの演技の順番は、最初から3番目。そろそろ良太のスマホに再接続した方がいいんだが……パケットの残り容量が……
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