第13話 幼馴染

「え、ちょっとなにしてんの! まだ寝てるの!? ウソでしょ!? バカなの!?」


 そう賑やかに騒ぎながら部屋に入ってきたのは、零矢と同じ家で暮らす同級生の葉叶はかなだった。


 ただ正確に言うと、この家は彼女の両親の家で、二世帯住宅になっている。そこに零矢は色々あって、その一方を間借りしているのだ。二世帯住宅なので基本的に彼女の生活空間と零矢のそれとは別個の作りになっているのだが、受験日の朝にいつまでも姿を見せない零矢に痺れを切らし侵入してきたのだろう。


「今日、試験だよ!? わかってるの!? 遅れるよ!」

「いや……おれはもういいよ……」と、布団をより深くかぶりながら言う零矢。


「よくないでしょ!」


 その布団をはぎ取って、うずくまる零矢を葉叶は見下ろす。そして、なにかに気を留めたように少しだけ間を置いてから。


「あの高校への入学は自分の夢なんだって言ってがんばってたじゃん! それがなんでわざわざ当日になって諦めちゃうの!」


 本来ならおっとりとしている外見や性格の彼女が、珍しく鬼気迫る勢いで零矢の身体を揺さぶる。


「早く起きて! 着替えは……だいたいできてるんだね! 途中まで行く気だったんじゃん! じゃあほら行くよ!」


 一方の無気力な零矢は、再び布団に隠れようと、はぎ取られた布団を探る。


「……ったくもう」


 そんないつまでも動かない零矢を見て、葉叶はため息を吐いて部屋から出ていった。とはいえ諦めたわけではなさそうだ。すぐになにかを手にして戻ってくる。そしてカーテンと窓を開け放ち、朝のすがすがしい陽と空気を部屋の中にかきこんだ。


「……なにしてんの」

「仕方ないから、占ってあげようと思って。まずは部屋の浄化ね」


 うわ、はじまった……と零矢は思った。


 葉叶は美人でスタイルも性格も頭も良い、今の中学で一番の――それどころか、ちょっとした芸能人なんかにも引けを取らない超絶スペックふんわり女子だ。ノフイェも異次元の美少女ではあったが、それと双璧を成すと言っても過言ではないほどの美貌。ただ葉叶には時々こういったスピリチュアルな言動があって、正直、零矢はそれが苦手だった。


「っていうか、くさッ!」


 ツンとするにおいが零矢の鼻をつく。

 いや、いい匂いなのか……?


 爽やかな香りではあるものの、どことなく癖の強い慣れないにおいが部屋に広がっている。そのにおいの元であろう煙が立ちのぼる薄めの皿を、葉叶は零矢の勉強机の上に置いた。今や部屋中がその白い煙で満たされ、煙の濃淡が生む白いゆらぎが、生物のようにゆったり空間を泳いでいる。その白い煙を生み出すために燃やされているのは……白い葉っぱだろうか。お香……?


「これはホワイトセージっていうハーブ」と葉叶が言う。「時間がないからしっかりとした浄化はできないけど。まぁでもウチの敷地内には常に〈場〉を作ってるから、この部屋の零矢が吐いた汚れた空気だけなんとかすれば十分なはず」


 人を汚いものみたいに言うし。

 ただ、もしかしたら今回についてはそれで正しいのかもしれない。ある意味おれはいま憑りつかれているんだ。零矢は自分の肩に乗っかっている謎のゆらぎを見つめながらそう思――って、あれ。ゆらぎの存在感が、なんだかさっきよりも希薄になっているような……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る