第14話 タロットカード

「じゃ、ここから一枚選んで」


 そう言って突然差し出されたカードの背には、不思議な模様が描かれていた。


 トランプではない。

 タロットカードというやつだろうか。


 彼女の父親は占い師をやっていて、彼女もその影響を存分に受けているのだ。けれど、そんな遊びに付き合っていられるほど、零矢に精神的余裕はない。


「いいよ、そんなの。悪い結果が出るに決まってるし」


 加えて、葉叶の占いは割と当たるという噂は聞いている。


「良い結果か悪い結果かなんて解釈しだいだよ。それを私が視るんだから。……視させてよ。私も零矢が引いた結果を視てみたいし。でもそれには選んでくれないと」


「……」

「ね。早く。時間がない。私も試験に遅れちゃう」


 あぁもうわかったよ。

 零矢はため息を吐いて、彼女が差し出すカードの束から一枚だけそれを引き出した。彼女の顔が、なにかおもしろいものを見つけたような笑顔になる。


「うわっ。〝星の逆位置〟」


「ほしのぎゃくいち?」


「そ。タロットカードの〝星〟は、夢や希望のチャンス、可能性を意味するカードなんだけど」


 葉叶は、零矢から受け取ったカードを正しい向きに直して解説する。


 カードには、大きな星が一つ描かれていた。その周囲には七つの小さな星。そしてその下で、裸の女性が左右の手に持った水差しで池と大地に水を注いでいる。彼女から少し離れたところに、小さな鳥が一匹、木の上で佇んでいる。


「で、いま零矢が出したのは、その逆向き」と、彼女はそのカードをひっくり返した。「〝星の逆位置〟の意味は、希望を失う。無気力。理想が高すぎる。幻滅。失意。高望み。期待が外れる」


 ……直球ストレート剛速球を何発も食らう零矢。

 確実に今日の試験の予見じゃないか。

 ぶっちぎりで最悪な結果だ。

 しかもどうやら、その結果は当たりそうだ。

 さすが葉叶……


「だから嫌だって言ったのに」


「あはは」葉叶の笑いは軽やかだ。「このタイミングでこの結果はエグいね!」


 笑いごとじゃない。

 もうダメだ。

 やっぱりおれの人生は終わっていた。

 あまりに残酷な結果だ。


 これからが勝負、たゆまぬ努力の見せ所の正念場、その真価を問うという場面での〈夜蝕体〉、そして葉叶の占いによるダメ押し……


「おれはもういいよ。試験遅れるぞ。早く行けよ……」


「うん。あと五分しても零矢の気が変わらなかったらそうするしかないけど」


「むしろ今の占いめちゃくちゃショックで、完全に行くのやめようと決心したけどね」


「いやいや、勘違いしないでほしいな零矢くん。本当の占いはこれからなんですよ」彼女は明るい表情で語る。「さっき私が言ったのは、あくまでタロットカードの基本の話ね。カードにはそれぞれ意味があって、正位置、逆位置にも意味がある。でも、大切なのは意味よりもその解釈なんだよ。カードの基本的な意味を伝えるだけならだれでもできる。問題は、なぜこの人にこのカードが出たのかっていう解釈。これをいかに感じ取って言語化するかが占い師の腕の見せ所。ま、私は占い師じゃないけどね」


 そして葉叶は、逆位置になったタロットカードを零矢にグッと突き付けた。


「で。……この〝星の逆位置〟は、零矢の状態」


 その一言に、ふと、零矢は部屋の中に差し込む光が白く強くなったかのように感じた。陽の光がホワイトセージの煙の中で煌びやかに拡散している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る