第10話 送還

 零矢は、今まで何回も幽体離脱を繰り返してきた。


 けれどそれでも〈夜蝕体〉なんてものと遭遇したのは今回がはじめてだったから、ノフイェのその言い分には少しだけ不満があった。


 なによりここで彼女と別れてしまったら、もう二度と会えないかもしれないのだ。たとえ鉄則と言われても、どうしようもなく、そして決定的に名残惜しい。


「さっき倒し損ねた〈夜蝕体〉は?」


 などと聞いて、少しでも時間稼ぎを企ててみるが。


「まだ近くにいると思う。だれかの〈可能性〉が喰われてしまう前に、早く追いかけないといけない。そしてそのためには……早く君を送還しないとね」


「おれよりも、そっちを先に――」

「ダーメ」

「あ、それとさ」

「ごめんね。もうお話も終わり」

「いや。送還って、どうやるのかなって思って」

「えへへ」


 すると彼女は少し恥ずかしそうにしながら、零矢を見上げる。


「こうやるんだよ」


 少し儚げに潤んだ意味深な瞳。

 その瑞々しい温度に心臓が激動する零矢だったが。


「君を殺す」


 え……と、思った時には、彼女はすでにプラチナ色の剣を手元に召喚して振りかぶっていた。


 そのしなやかな太刀筋がサッと空間を薙ぎ払ったかと思うと、零矢の身体を軽やかに通過する。


 実体のない身体に物理的衝撃は発生しないはずだったが、刀身が触れた瞬間、零矢は強力な衝撃を感じた。それはある意味で痛みであり、ある意味で血しぶきであり、ある意味で覚醒だった。



 目が覚める。

 まだ部屋は暗い。

 そして静まり返っている。


 少しだけボーっとしてから、零矢は落胆を思い出した。


 あぁ……本当に送還されてしまった。

 もっとノフイェと一緒にいたかった。叶うなら「また会おう」と約束してから別れたかった。


 幽体離脱を終えて現実の身体に意識が戻ってきたとき、零矢はいつも言いようのない虚無感に包まれていた。


 この生身の身体に自由はない。

 空を飛ぶこともできなければ、モノをすり抜けることもできない。


 身体は重く、筋肉は固く、骨は軋み、すぐに疲れてしまう。そんな残念な現実世界。


 ましてや、今回は彼女のことがある。


 やるせなさと後悔を胸に感じながら、今は何時だろうと時計を確認しようとする。枕元に電子時計があるはずだ――寝ている時の自分が、どこかに吹っ飛ばしていなければ。


 探るように手を伸ばして時計を掴もうとしたが、ふと、身体が全く動かせないことに気付いた。強引に手を持ち上げてみようと力を込めるが、やはり全然いうことを聞いてくれない。


 呼吸が苦しくなっていく。

 なんだろう。

 まるで金縛りだ。


 ……

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