第9話 鉄則

 続けてノフイェは教えてくれた。


〈夜蝕体〉は、基本的に眠っている人の枕元に現れるということを。

 そしてその身体から、その人が期待する〈可能性〉を吸い出して捕食するということを。


〈可能性〉を喰われた人は、そのときハッと目を覚ますことが多いそうだ。

 けれど、基本的には再びそのまま眠りについてしまうという。


 稀に〈夜蝕体〉にのしかかれている重さを感じ、苦しさを感じることがあるらしい。

 人が昔から〝金縛り〟と呼んでいるアレだ。


 そして〈夜蝕体〉は幻影生物。

 通常の生物とは根本的にその存在性が異なっていて、現世とは違う世界に属している。そのため、普通の人にその姿を見ることはできない。

 また〈夜蝕体〉が〈可能性〉を喰らうのを放置していると、やがて大変なことが起こるのだという。


「それは、宇宙の崩壊」


 なるほど。

 なかなかでかい話だった。

 でかすぎて、全然イメージがわかないけれど。


「宇宙は膨張を続けているって話を聞いたことがあるでしょ。その膨張の力って実は〈可能性〉の膨張が引き起こしているものなんだ。この世界に〈可能性〉が満ち溢れるほど宇宙は広がっていく。逆に〈夜蝕体〉を放置して〈可能性〉が減ると宇宙の膨張は止まって、やがて収縮に転じてしまう。そうなると、その後に訪れるのはビッグクランチ」


 宇宙はビッグバンによって発生し膨張を続けている――とノフイェは続けた。


 彼女によると、そんな宇宙には二通りの終焉があるという。


 一つは、ビッグリップ。

 宇宙が際限なく膨張を続け、やがて風船のように破裂してしまう終わり方。


 そしてもう一つが、先ほどノフイェが言ったビッグクランチ。

 収縮するとはつまり、拡散した物質がその距離を縮め、一カ所へと集中していくことを意味している。


 銀河の星々があちこちで衝突を繰り返し、崩壊。

 やがてその宇宙という領域は限りなくゼロに近い点になってしまう終わり方。


「それを防ぐために、私たちは毎晩〈夜蝕体〉と戦ってるんだ」

「〝私たち〟って?」

「〈ノマド〉」


 凛とした口調で、どこか誇らしげに、彼女は言った。


「私が所属してる機関だよ。……ちなみに、君みたいにこの世界に迷い込んでくる〈トラベラー〉を保護して現世に送還してあげるのも私たちの仕事」


 そう言って零矢の手を取るノフイェ。

 ドクンと心臓が反応する。


「小さな子供なんかはよくこの世界に迷い込んじゃうんだよね。私たちはそういう人たちのことを〈トラベラー〉って呼んでいる。でも本当に珍しいから、最初は君も私と同じ〈ノマド〉かと思って勘違いしちゃった。わけがわからなかったよね。ごめんね」


「いや、まぁ……でも、大丈夫だった……けど」


「ま、そういうわけで」と、ノフイェは零矢の顔を真っ直ぐ見つめる。「そろそろ〈トラベラー〉に対する〈ノマド〉の職務を遂行させていただこうかなと思います」


 それはつまり、お別れということだ。


「もうちょっとダメかな」


「うん、ダメだね」


 キッパリとした口調に少し悲しくなってしまう零矢。


「ごめんね。でも、いつまたあの〈夜蝕体〉が戻ってくるかわからないし。別の奴が出る可能性もある。〈トラベラー〉を見つけたら一刻も早く現世へ送還。これは私たちの鉄則」

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