第10話 不良な俺と綺麗な彼女5

 駅前まで歩き、この辺で一番でかいゲーセンへ唯さんを連れて入った。

 クレーンゲームやシューティングゲーム、音ゲーなどを全て通過して奥へと進む。


「なんだか大人の世界です」


 二十六歳の、子供がいる。


「十八歳未満は入れないですからね。ここのスペース、煙草臭いですけど大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫だと思います」


 あんまり長居はしない方が良さそうだ。唯さんの目が一瞬、戸惑いでさまよった。

 メダルの機械へ札を入れ、バケツに貯まったメダルを持って目当ての場所へ向かう。

 人はいるけど、空いている。

 煙草を吸ってる人が一人だけっていうのは運がいい。こういう場所は、ひどい時には空間が白く煙る。


「ここ、座ってください」


 有名なアニメのスロット台。紫の台の前へ設置されている椅子に唯さんを座らせて、俺も隣の台の椅子へ腰を下ろす。


「メダルをここに入れて、レバーをこうやって押して、リールが回ったらこの三つのボタン、左から順番に押して止めるんです」


 簡単に説明。詳しい説明はいらないと思う。多分、すぐに飽きるから。


「何かしゃべっています」

「演出です。あぁ、チェリー。狙ってみます?」

「え? 狙って止まるんですか? でも見えないですよ?」

「見えるんです。…………ほら、チェリー」

「透視ですか」


 横から手を伸ばして目押しした俺を、驚いた勢いで顔を上げた唯さんが見つめてくる。

 図らず近付いた二人の距離。

 動揺押し隠して、何でもないふりして俺は元の位置へ戻った。

 薄暗いからよくわからないけど、唯さんの耳も赤い気がする。


「これはなんですか?」


 さっそく赤七揃えのビッグボーナス。ビギナーズラックはすげぇなって、感心する。


「当たりです。赤の七を狙うんです。リールをよく見て。赤い大きいの、見えないですか?」

「えー? 見えないです。速いです」

「タイミング取るんで、そのタイミングでボタン押してください」


 台の端を人差し指で、カチ、カチ、カチと音を立てて叩く。それに合わせてリズムを取るために、唯さんの首が揺れている。

 真剣な様子でボタンを押すけど、なかなか揃えられない。


「無理! やってください」


 困り果てたという表情をした彼女に、お願いされた。

 メダル追加して一発で揃えて見せると、尊敬の眼差しが向けられる。


「透視能力者ですか! あれ? 音楽が流れています」

「当たりですからね。ひたすら回して押し続けるんです」


 単純作業。かなり退屈だと思う。

 唯さんの横顔を観察していたら、段々とげんなりした表情が漏れ出してきた。


「春樹さん……」

「はい」

「私、向いていないようです」

「そうみたいですね。明日、普通に出掛けませんか?」


 単純作業を続ける唯さんの指がぴくりと揺れて、止まった。

 ボーナス演出の画面から俺の方へ顔を向け、その瞳は迷子のように揺れている。


「無理に背伸びする必要はないですよ。経験するのにも向き不向きがあります。ギャンブルの本物はもっと苦痛です。あなたには向きません」

「そう、ですか。……バレてました?」


 見つめることで先を促したら、唯さんは苦く笑う。


「本当は、明日が怖かったんです。私の何かが変わってしまうような気がして……万単位でお金を使うのも、恐ろしいことのような気がして」

「ギャンブルは怖いです。安易に体験すべきではないですね。だから、疑似体験です」

「春樹さんはやっぱり大人です。ありがとうございます」

「飯、行きますか」

「はい」


 余ったメダルは近くにいたカップルにあげて外へ出た。

 外の冷たい空気を吸って、唯さんはあからさまにほっとしてる。やっぱり、彼女にあの空気と音は耐えられないとわかった。


「何、食べたいですか?」


 飲食店が並ぶ通りを目指して歩きながら聞いてみた。唯さんは少し悩んで、様子を窺うみたいに俺を見てくる。


「ラーメン屋さんに行ってみたいです」

「いいですよ。もしかして初ですか?」

「はい。一人だと入りづらくて……実は、坂の上へ入るのにもすごい勇気を出しました」


 恥ずかしそうに、彼女は笑う。

 俺は平気で一人で出歩くからそういう勇気はわからない。でもなんだか、可愛いなって思う。


「勇気出してくれて良かったです。下手したら会えなかったんですね」

「またあなたは! その微笑みやめてください! 心臓が飛び出します、口から」

「それは面白そうです」

「面白くなんかないです。グロテスクです」


 真っ赤な顔で怒りだした。

 ころころ表情が変わって、見ていて飽きない。


「私、弄ばれています?」

「そんなことしません。ラーメン、何味がいいですか?」

「……味噌」

「味噌ラーメンの美味しい店がありますよ。そこでいいですか?」

「はい」


 商店街の中にある店。前に陣さんと行って、値段も味も手頃で気に入った。そこへ向かって歩きだした俺の隣を唯さんが、唇尖らせて歩いている。

 突き出されたその唇が何とも魅惑的で……キスしたくて堪らない感情、必死で堪えた。


 唯さんは少食のようだ。俺が食べ終わっても、麺がほとんど減っていない。それなのに苦しそうにしている。


「無理しないで、残してもいいんですよ」

「勿体無いです。それに、作った人に失礼です」

「……苦しそうですね?」

「お腹に溜まる食べ物ですね」


 少食だからこそのミックスサンドなのかなって、納得した。そういえばドリアも、最後の方は苦しそうにしていたことを思い出す。


「残すのが嫌なら食べましょうか? 俺、まだ入ります」

「…………腹何分目ですか?」


 自分の腹の具合を確認して、七分目だと答える。これで終わりでもいいけど、少し足りないかなぐらい。


「お言葉に甘えて、お願いしてもいいでしょうか?」

「はい。喜んで」


 申し訳なさそうに差し出されたどんぶりを受け取り、俺は唯さんが残したラーメンを食べる。掃除機みたいだなんて言って感心している唯さんの姿を横目で見ながら、自然と頬が緩んだ。

 支払い戦争、今日は俺の勝ち。微笑んで押し切るのが勝つコツだとわかった。


「明日、どこ行きたいですか? 好きな場所に連れて行きますよ」


 そうですねと呟いた彼女は首を右側に少しだけ傾けながら、薄明るい星空を見上げている。

 俺は彼女の返答を待ちつつ黙って隣を歩いていたんだけど……落とすようにして出された答えに、思わず噴き出した。


「海に馬鹿野郎って、叫んでみたいです」


 ベタだ。そんなことやりたいって言う人、リアルにいたんだ。

 喉の奥で笑いを押し殺している俺を、唇尖らせた彼女が脇腹を突ついて攻撃してくる。


「笑われると一気に恥ずかしいです」

「痛いです。脇腹やめて」


 人差し指を立てて攻撃してくる彼女の手首、掴んで止めた。


「…………細いっすね。少食だからですか?」

「わ、わからないです。細くは、ないです」

「細いです。抱き上げた時も、軽かった」


 親指で手首の溝を撫でながら、抱き上げた感触を思い出した。

 また、触れたい。抱き締めたい。

 俺に手首を掴まれたままの彼女は動けなくて、顔を真っ赤に染めて困った表情を浮かべている。

 だから、解放した。


「その節はご迷惑を……」


 何も言わず歩きだした俺の後を追って、彼女は酔い潰れた時のことを謝ってくる。


「いえ。役得です。ラッキーでした」


俺の返事が不満だったのか、隣に並んだ唯さんに拳で脇腹をぐりぐりされた。痛くはないけど無闇に触れられると心臓が痛くて、苦しくなる。


「あんまり、男に触れたらダメですよ。襲います」

「なっ! またそんな――」


 声上ずらせて動揺している彼女が愛しくて、思わず口走った。


「キスしていいですか?」


 言ってから心臓が激しく肋骨叩きだして、変な汗が噴き出てくる。だけど彼女の返事で、心臓、止まるかと思った。


「だめ、じゃ、ないです……」


 かぼそい声。顔を見たいのに、俯いている所為で見ることが叶わない。


「なんすか、その返事」


 はっきりした、答えが欲しい。


「じゃあダメ! そういえばラーメン食べました! ラーメン臭いです! また次回!」


 次回ならいいんだと考えたら笑みが溢れて、速足で歩きだした彼女を急いで追い掛ける。


「何味のキスならいいですか? 甘い物ですか?」

「し、知りません!」

「明日は海の後、ケーキでも食べましょうか」

「今お腹いっぱいなので、食べ物のことは考えられません!」


 耳まで真っ赤。隠すように頬を両手で包み、彼女は更に速度を上げて進んだ。

 まるで競歩だけど、例え唯さんが小走りになったとしても大股で歩くだけで俺は追い付ける。


「なんだか悔しいです」


 拗ねたような呟きと共に彼女が駆け出した。

 マジで子供。

 幼稚な彼女を追うために、俺は軽い駆け足。


「どうしてですか!」

「コンパスの差ですね」

「もう、お腹、苦しいです」


 必死に走っていた唯さんは、肩で息して足を止めた。


「本当、可愛いです」

「も、もうっ……! その顔ダメです! 禁止です!」

「生まれつきです」

「羨ましいです。そんな顔が生まれつきなんて」

「嘘です」

「からかって遊ばないでください!」

「明日、チョコ持って行きますね。飴がいいですか?」

「知らないです! 何にもいらないです!」


 唯さんのアパートまで送る、短い距離。

 最後まで速歩きだったおかげでそばにいられる時間は減ってしまったけれど、身の内からあふれ出すような幸福な笑みが俺の顔を彩り、隠すことなんて不可能だった。

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