魔法の都で不審者と思われる

 古賢族の都、大図書館はぱっとみ普通の城郭都市だった。市街地が城壁の外に広がって、柵でしきってるだけといういろいろ間に合ってない感がある。

 一つ違うのが、城主の館というか城のある場所にあるのは巨大な図書館ということだ。そしてそこが古賢族の中枢でもある。

 住人はもちろん古賢族が中心だ。背が高く、派手さはないが理知的で整った顔が多い。だが、ほかの種族もいないわけではない。料理店の厨房には鬼族がいたし、倉庫の並んだあたりで談笑しているのは侏儒族だ。見習い魔法使いの制服というものがあって、これを着て歩いている中には半妖や人間がいる。その中で貴族っぽいみなりのくせにバックパックを背負い、車輪をつけた鎧櫃をひっぱって歩いている僕はなんかやっぱり目立っていたのだろう。

「そこの人、少しよいか」

 甲冑姿のゴーレム二体を連れた古賢族の三人に呼び止められた。後で警邏の制服とわかったが、そろいの制服を着て階級かなにかをサッシュの色柄でしめしていた。

 門でも止められなかったのだけど、これって大丈夫なんだろうか。

「ご芳名と出身を教えてもらえないら」

 出身は、まあ人間の国、ソードキングダムにしておくか。

「御用向きは」

「古賢族の魔法使い、ゴウキという人を尋ねてきた」

「ゴウキ? 珍しい名前だな。どこに住んでいる」

「彼は旅をしている。塔からここまでやってきたはずだ」

 首をかしげるリーダーを後ろにいる同僚がつついた。

「どうした」

「長老方のいってたやつだよそれ」

 さっと彼らの顔色がかわり、ついてくるよう言われた。さからうとあの強そうなゴーレムが取り押さえにくるんだろうな。

 連れて行かれたのは図書館のこじんまりした閲覧室。四畳半ほどに本を読むための長机が二列用意されていて、黒ずんだニスの色や、逆にこすれて白っぽくなってる机上など、長年使われてきた場所だという感じがする。

 ここでも正式のノックは四回なのだろうか。知らなければせわしなくせかされるように聞こえる四回が聞こえ、二人の人物が入ってきた。一方は老人とはいえないが、いわゆる大人の古賢族の男性。もう一人は眼鏡の古賢族の女性。なぜか赤いはちまきをつけていて、ちょっと似合わない。

「ゴウキをさがしているのは君かね」

 男性はなんとか何世のヨモギと名乗った。結構偉い名前をついでいるようだ。

「はい、するべきことがあって、そのために彼についていかなければなりません」

「あなたとゴウキの関係は? 」

 この女性はゴウキとただならぬ関係があるようだ。

「おそらく、一緒に魔界にいく仲です。ええと」

「アンナです」

「もしかすると、塔のハンナさんは」

「知ってるのですか」

 やっぱり。それなら、伝えておかなければいけないことがある。

「セイシは助かりましたよ」

 敵愾心が一気にゆるむところを初めて見た。

「ハンナと同じ呪いをうけていたのに」

「死の王の気まぐれかも知れません」

「よかった」

 彼女は眼鏡をずらして目尻をぬぐった。

「魔界にいくといっていたね」

 アンナを椅子に座らせながらヨモギが質問してきた。

「はい」

「なぜだね」

 言うべきだろうか。

「それは言わないほうがいいでしょう。僕はダイモンの言葉にしたがっているだけです」

 うっかりその名前をいったのはまずかったのだろうか、ヨモギが目を見開いた。

「そうか、ダイモンにな」

 アンナはぴんときてないようだ。

「なぜ魔界に? 」

「彼も僕もするべきことがあるから」

「あなたは彼の敵? 」

「どうなんだろう。少なくとも、いまはそのつもりはないし争いごとは嫌いだ」

 嘘じゃない。 

「くくく」

 押し殺した笑い声が僕をおどろかせた。ヨモギが笑っている。理性平静を旨とする古賢族がこんな笑い方をするとは思わなかった。

「どうしたのです」

 アンナが冷たい目を向ける。ゴミみるような目だ。

「いや、あまりに面白くてね」

 まだ引きつるように笑うヨモギ。

「何が面白いのかよくわかりません」

「後で説明してあげるよ。とりあえず彼は大丈夫だと思う」

 そういいながらこちらを見た彼の目は笑ってはいなかった。

「そうですか」

「いや、すまない。彼女はゴウキの妻でな。今、彼の子どもを宿している。心配してのことだ」

 もしかすると、この似合わないはちまきはそういう意味なのか。

「そうですか」

 同じ反応をしてしまった。

「ゴウキの後を追いたいのだったよね。それでは、地図のある部屋に行こう」

 広げられた地図を指差して、ヨモギは丁寧に道筋を教えてくれた。

「保存食をこの町でそろえておいたほうがいい。ここまでは食事もできるが、この先は期待できない」

 ゴウキはどうやら辺地に向かったらしい。辺地は捨てられたものたちの土地で、寒く、貧しく、危険なのだという。

「それと、簡単にだが試験を受けてくれ。なに、的にむかって魔法を二つ三つとばすだけの簡単ものだ。それで認定と認定証のローブを渡せる。それをきていれば警邏にいちいちいとがめられないだろう」

 なんだかうまくのせられた気がする。一時間後、僕は図書館の裏庭でダミーの的に向き合い、それをあんまり機嫌のよくない女性の魔法使い二人が見守るという図にたたされていた。

「ニカマデス家のご当主のたってのお願いだから」

 まだそばかすの残る若い魔法使いがぶつぶつ言う。人間だ。年かさのほうは額に三つ目の目が縦に開き、しゃべると牙が見える青白いひとで、半妖らしい。ほかに何人か窓から覗き見している気配がある。

「使える魔法の分野を教えてください」

 伝えると、そばかすのほうが「ふかしこいてんじゃないの」と愚痴りながら書き留める。

「使える攻撃魔法で一番魔力消費の大きいものをおしえてください」

「メテオです」

 うわ、という顔が二人の顔に浮かんだ。

「あれはかけておちてくるまでに三時間かかりますよね」

「そうですね」

 いちいちコンソールでヘルプみてるので不審そうに見られている。目を閉じるから。

「すぐかけられるものではどうです」

「範囲無差別はさけたほうがいいですよね」

「たとえば? 」

「大爆裂」

「だめです。やめて」

「じゃあ、大地の顎か、炎の竜巻くらいかな」

 どっちも威力抜群だが消費が激しいし、場所指定なので不意打ちか動きを止めてでないと簡単によけられてしまう。

「炎の竜巻をかけてください」

 呪文は全部スロットにはいっているので、検索、呪文指定、対象指定、発動をイメージするだけで魔法は即座に発動した。検索は呪文名を思い浮かべ、うなずき、指定は指差し、発動は思うだけでできるようにしている。そうしないと抜けたり間違えたりしそうなのだ。

 的は燃え上がり、くずれ、火の粉となって天にまきあげられた。

「芯までいきましたね」

「芯ものこってませんよ」

 二人は的のダメージを見てうなずきあい、そばかすさんが書き留める。

 威力は申し分ないんだけど、かなり使いにくい。戦士は動き回るから捕捉できないし、魔法使いにはいろいろ対抗手段がある。

「召還魔法は何が使えますか」

「始めたばかりなので、小鬼、クレイソルジャーですね」

「ではここの土でクレイソルジャーを出せるだけ出してください」

 ああ、もしかして魔力量を量りたいのかな。手をのっけるだけでぴぴっと数字が出るような便利なやつがないのかな。

 ソルジャーは十体出したところで限界と申告した、実際はまだあと一、二体出せそうだったのだけど、少し残しておかないと不安だったから。

「基本型でこれだけだせるのはなかなかね」

「これ、基本形なんですか? 」

 彼女らのやりとりがわからない。

「ええ、半日持つやつよ」

「嘘でしょ」

 ぶつぶついいながらまた書き留める。

「あの、召還魔法はくわしくないんですが基本型とかなんでしょう」

「中等教本にはかいてるけど、存続時間を短縮して魔力を節約する技術があるの。それを使ってないのが基本型。半日もつやつ。短縮したやつは、シンプルになるわ。生き物なら模様つきで出るのが単色になったり、頭が悪くなったり。応用教本には召還したものに何か足す技術がある。賢くしたり、体力を増したり、あとは数をまとめてとか」

 なるほど、魔法屋のおかみはあんなこといってたけど、進めると召還魔法もいろいろ応用できるんだな、

「勉強になりました」

「興味があるなら、ここで読んでいくといい。先を急ぐなら少し値段ははるけど買ってもいい」

「先輩、ちょっと」

 そばかすさんが三つ目さんにとがめるような目を向ける。

「文句なく合格よ。違う? 」

「そうですが」

「うるさいわね。じゃあさっさとすませましょ」

 ということで最初の閲覧室でまたされた。暇ならよめと召還の中等本を置かれて。

 ぱらぱらめくっていると、なかなか興味深い章がいくつか目にはいった。召還術とは何かというのと、アンデッド召還のことだ。

 召還というのは用意した素材に形を与え、その器にあう魂を呼びよせ宿らせることだそうだ。魂と器のつなぎ目は術者が作るため、魂は術者の意にさからったり、危害を加える行動ができなくなる。

 器を作るコストを既成の肉体、死体で節約したのが死霊術。衛生的にも、死体に宿れる魂がだいたいは病んでることから推奨できないと書かれている。

 これ、戦争で使ったら味方どんびき、敵に忌み嫌われ、そして戦争そのものは勝ててしまったりするんじゃなかろうか。でも、背に腹なときは使うよね。

 呼び寄せる魂は器にあったもの、とされるから、もし肉体だけ作れたら人間の魂も召還できるんじゃないだろうか。おおまかな計算式があったのでコスト計算するととんでもない値になってるんだが。

 もしかすると何人も補助をつけたり、魔法陣のようなものを書いたりすれば、死んだばかりのどこかの世界の人間の魂をよべたりしないだろうか。

 なんかそれらしくなってきたよ。

 一人もりあがっていると、二人が戻ってきた、ローブと、何か手帳のようなものを渡された。

「ようこそ魔法協会へ」

 このローブをきていれば誰何される心配もないし、指定の宿なら割引価格で泊まれるらしい。 

 そして大図書館での閲覧と魔法書の購入ができる。

「説明するわね。それから質問を受け付けます」

 最悪刺客剥奪となる禁止行為、特典、閲覧の手続き、魔法書の購入、協会職員となった場合の特典と義務そういうことを一通り説明してもらったあと、そばかすさんに釘をさされた、

「メテオも大爆裂も使えることは話さないほうがいいよ。戦争のときにかり出される」

「ありがとう。注意します」

 確かに、大規模すぎてそっちむきだ。

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