冒険者たちに遭遇し、内心脂汗をかく

 遭遇したのは小振りなサラマンダーだ。炎に覆われたとかげで、ファイアスピアの呪文を吐いてくる。近づけば噛み付きとまとった炎で焼かれる。大きいものは体長五メートル、体重は一トン以上になるが、目の前にいるのは一メートルくらいの本当に小さなサラマンダーだ。

 大きなサラマンダーはドラゴンのように火焔放射できる危険きわまりない生き物だ。息をとめるか何か対策をうっておかないと肺の中まで熱でやられる。だが、この大きさなら呪文だけだ。ただ、その威力は大きさに関係はない。

 この魔法はよけることができる。あたらなければあまり暑くない。循環式火炎防御の接触を発動させる。二発目はあたったが、防御魔法が吸収し、維持の魔力に返還してしまった。

 サラマンダーは呪文がきかないとみて威嚇の鳴き声をあげる。走ってきて噛み付きはいやだな。

 さっきくんだコンボ魔法を試しに放ってみた。

 閃光というめくらましの魔法と、アーススピア、地面から土の槍が突き出す魔法だ。

 アーススピアもまた回避しやすい魔法だ。唱えるとわかれば一歩動くだけで簡単によけることができる。ゴウキはこれを一面にはやしたが普通は一本だけだ。

 目くらましに怯んだサラマンダーの腹の下から大地の槍が突き出し、その体を貫いた。

 うまくいった。

 感じていた以上に緊張していたらしい。僕は座り込んで壁にもたれた。

 死んだサラマンダーは自分の炎でぶすぶす焦げていく。少ししたら死の王の残した機能で分解されるはずだ。

 ことん、と焦げたサラマンダーの体から何か固いものが落ちた。

 白い多孔質の石。軽石のように見える。たぶん価値のあるものだ。もう熱くはなさそうなので、拾い上げておく。

 人の気配にはっと顔をあげると、六人ほどの冒険者らしい連中がいた。

「こんにちわ。闘ってたのはあんたか」

 リーダーらしい人間の戦士が先に声をかけてきた。魔銀の鎧に魔銀の剣、かなり装備がよい。まだ三十という感じではないが若者という感じでもない年齢で、落ち着いた様子だ。

「ええ、でっくわしたものだから」

「一人か」

「まあ、そうですね」

「そんな装備でここまで? 」

 金棒を持った姿がいかにもな鬼族のこれも真っ黒だが高級素材っぽい防具をつけたのがうさんくさそうに聞く。弓をもった妖精族の寡黙そうな男が少し離れたところで狙いこそつけてないがいつでも射てる体勢をとってるのはなかなか警戒されたものだ。

「剣は安物のようだな。簡単な胸当てしかしてないが、それでどうやってサラマンダーを? 」

 パワードスーツだよな、としか言えないものを装着した侏儒族。腕にいろんな武器がつけてあるがその半分以上が壊れているし、本人もあちこち焦げている。背中に巨大な盾をせおっているので、戦闘のときには防壁になるんだろう。僧侶や魔法使いの。

 僧侶らしいのが二人、半妖とよばれる人間と魔族、おそらくは闇エルフのいりまじったような女性と、眼鏡をかけた小柄な人間の女僧侶。半妖の僧侶はほとんど肌の見えない僧衣をきていたが、これも炎でぼろぼろにされている。人間の僧侶のほうは魔力切れなのかかなり憔悴していた。

 魔法使いがいないな。回復重視なのはわかるが、彼らが火炎帝を倒したとしたら魔法使いなしというのは考えにくい。

「魔法で」

 僕は正直に答えた。

「魔法使いに見えないな」

「魔法戦士なんですよ」

「はじめてきくな。それに、見かけない顔だが、最近きたのかい? 」

「まあ、そうですね」

 嘘じゃない。

「あたしたち、ずっとここの階段のところにいたけど誰もあがってこなかったよ」

 眼鏡の僧侶がぼそっといった。

「あなたどこからきたの? 」

 怪しまれている。

「あててみせようか」

 リーダーの戦士がいきなりそんなことを言いだした。

「君は玉座の間に現れた、そうじゃないのか」

 驚いた事に、眼鏡の僧侶以外が同意の姿勢を見せた。

「なぜ、そう思うのです」

 質問に答えるべきなのに、質問をしてしまう。

「そうだな、我々は先ほどやっとボスを倒した。だが、その時仲間のうち二人がボスの呪いにやられた。手をつくしても呪いは消えず、とうとう二人を失ったと思った。そのときにこのセイシの姿が消えて、なりこそぼろぼろだが呪いもとけて生き返った。そして下からこなかったはずの、塔の低層くらいでしか使わないような装備の君がおりてきた。最後に、玉座の間に直接現れたものを前に見ている。そこのカイエ以外はみんなそこにいた」

 戦士は指折りながら並べ立てた。

「ゴウキですか」

 眼鏡の僧侶以外の目が見開かれた。

「やはり。それで、君は何者だ」

 どこまで話せばいいのだろう。

「ダイスケだ。ゴウキのいたところからやってきた。といっても彼にくらべるとてんで弱いけど」

「ゴウキを追うのか」

「共に行動するよういわれている」

「そうか」

 戦士は構えを溶いた。

「じゃあ町まで案内しよう。俺はローラン。よろしく」

 驚くほどあっさりうけいれらて拍子がぬける。

 鬼族の戦士がアブリ、侏儒族の戦士なんだかエンジニアなんだかが打火花、妖精族のレンジャー、おそらくゲームでいうニンジャがカゲマル、半妖の僧侶がセイシ。そして助からなかった一人がハンナ。古賢族の魔法使い。

「一つおしえてください」

 衣服がところどころはだけて、健全な男子としてはどぎまぎしてしまう女性、セイシがそんな自分を恥じらいながら話しかけてきた。声がちょっと裏返りそうになるのを、眼鏡僧侶のカイエがじろっとにらむ。

「私が助けられて、ハンナはどうしてたすけられなかったのでしょう」

 どうしてもなにも、吸収、蘇生の可能な対象と認識されてなかったのだけど。

「あなたとハンナさんの違いは僧侶か魔法使いかだけですか」

「やっぱり」

 セイシは顔をおおってなきだした。

「ハンナにはアンナって姉妹がいるんだがよ」

 かわって侏儒族の打火花が答えてくれた。

「魂を共有してるって、聞いた事のない二人なんだ」

 ああ、魂がこっちにいなかったのか。

「ハンナさんは蘇生をうけたことがありますか」

 セイシはかぶりをふった。これで確定だ。

「知ってる事情は長くなるし、説明しない。この塔の蘇生魔法は魂がないとだめなわけだが、ハンナさんの魂は死ぬとアンナさんのところ、塔の外にいってしまったんじゃないだろうか」

「そんな」

 だから、対象として認識されなかったんだろう。僕が蘇生したのはこのセイシだ。

 アンナとハンナか、「思い出した」ぞ。彼女らもチートをやっていた。ソロゲームなのに、キャラクターが二人いる状態を作り上げたプレイヤーがいた。同じクラス、同じパラメータだったけど、行動は二回でダメージも分散してうけていた。

 見回すとここにいる者たちについては「思い出せる」。プレイヤーがやらなくなり、動くハードもなくなって置き去りにされたキャラクターたち。今は一人前の人格となって協力して闘っている。

「ダイスケさん」

 今度はカイエだ。眼鏡の向こうから疑わしそうな目がむけられている。

「セイシが生き返った時、私の魔力はつきてました。体が一度灰になってから復活するのも初めてです。何か知ってますか」

「それ、僕にはできない真似だってことはわかります」

 魔法使いと戦士なのだから。今は神聖、呪詛の僧侶が使う魔法も覚えてしまったから兼任できるけど、死の王のコンソールつかわないとできないし、今はあれも凍結されている。

「そう、わかってる範囲で一番のイレギュラーはあなたです。疑われるのは不本意かもしれませんが、あなたが知らないだけで関わってる可能性は残ります」

 理屈っぽいひとだ。

 いろいろあたってるけどね。

 イレギュラーといえば、いまここにいる僕はどっちなのか。浦上大輔なのかウラなのか。体は魔王のときのものではないけど、いろいろ「覚えて」いる。それに、「思い出す」ことがなければちょっと成績がいいだけの内気、まぁ隠キャとかウラの記憶では根暗とかそんなもののままだったろう。

 わからなくなってきたけど、ある程度考えてわかんないものはしばらくほっておけばそのうちわかる。ちゃらんぽらんのくせに、漢文を教えこもうとしたり全体的にくそじじいだった祖父の言葉に今はしたがっておこう。

 下手な考えやすむになんとかってやつだ。

「今のところ、そのへんはわかりません」

「まあ、いいわ。ローラン、彼をあそこで鑑定しようと思うけどいい? 」

「無理強いしないならいいんじゃないかな」

 あそこってなんだろう。

 町は五階だったはずだが、六階の半分にも拡大されていた、門と門番がいて、これも元キャラクターのようだ。「覚えて」いる。侏儒族の普通に斧もった戦士と鬼族の鉾槍をもった戦士。ローランとは顔見知りらしく、手をあげて挨拶するだけで通してくれた。

「見ない顔がふえてるな。それにハンナはどうした」

 それでも人のチェックはやってるらしく、そんなことを聞いてくる。

「ボスをやっと倒したんだけど、ハンナはだめだった」

 鬼族同士のよしみかアブリが手にした袋を見せる。あの中に呪いでくずれきったハンナの遺灰がはいっているのだろう。ずっしり重いので力持ちの彼が背負っていた。」

「で、彼はどこからかやってきた。これから鑑定だ」

「彼もレベルがバグッてるのかな」

「知らんよ」

 レベルがバグってるってゴウキのことか。

 廊下のつきあたり、階段の横に棺桶めいたブースがあった。

「セーブポイントだ。孤立時代には死ねばあそこで復活したそうだが、今はただのレベル測定装置になっている」

 どういうことかはわかる。孤立時代ってたぶんソロプレイのゲームの頃の話だろう。そして、あの近くにはシステム側のモンスターは近づけない。ボスは部屋から出ないのでわからないが、ウラもきっとそうだったと思う。

 大丈夫かな?

 ウラと同じなのは外見だけなのだし、大丈夫かも知れない。もしシステム的にはじかれたらどうしよう。モンスター扱いで討伐にかかられたらひとたまりもないぞ。

 おっかなびっくりだったが、安全圏としての機能ももう停止しているらしく、何の抵抗もなく中にはいることができた。

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