惜別
石竜子は必死な表情を作りながら、草むらの中を走っていた。
なんとか黒虎を打ち倒すことは出来たが今度は仲間達の安否が心配なのだ。
特に狼は自身の気絶中、一撃を決め込んだ際、終盤の戦いなど彼に多く助けられた。
出血もひどく、かなり重症が負っているはずである。
「頼む。どうか、無事でいてくれ」
草むらから飛び出すと辺りの空気は完全に静まり返っていた。
狼の周りには石竜子の友である亀や蛙。狼を敬愛している狸がいた。
「狼さん!」
木の根元で力無く横たわる狼の元に急いで駆け寄った。最悪の予想が的中しそうになっていた。
「奴は、倒したのか?」
「はい、崖から落ちました」
「そうか」
狼は虚ろな目で安心したような笑みを浮かべたあと、口から真っ赤な血しぶきを吹き出した。
「俺はもう手遅れだ。内臓に傷が入っているし、全身の骨も何十本もやられている」
「そんな」
「君が俺に勇気をくれた。最後の最後で立ち向かう事が出来た。それだけでも十分だ」
「お礼を言いたいのは僕の方です。貴方がいなければ黒虎には絶対に勝てなかった」
石竜子はつらつらと思いのままに言葉を吐き出した。
狼の実力、そして、なにより自身と同じく黒虎を討ち取りたいという想いの強さ。
そのおかげで今があるのだ。何度感謝してもしきれないほど強い気持ちが石竜子にはあった。
「そう、か」
狼が安らいだような表情を浮かべた後そのまま、動かなくなった。
石竜子は僅かに体温が残る狼の腹に、すがりつくように額をつけた。彼がいなければ自分は今頃、この世にいない。
「ありがとうございました」
石竜子、そしてその仲間達は森の主に心からの敬意と感謝の念を口にした。
壮絶な激闘から一夜明けた次の日。石竜子、亀、蛙は朝から狸や鴉達とともに数十頭、数十羽の英雄達を埋葬していた。
「ものすごい数だね」
「ああ、それほどまで昨日の戦いは凄まじいものだったっていうことだね」
蛙と亀が昨日の事を思い出しながら、遺体を運んでいた。
彼ら自身は川岸で待機していたので石竜子や狼のように直接、黒虎の殺戮を目撃したわけではない。
しかし、目に映る遺体の数々と木々や葉にかかっている血飛沫を見ればその凄惨は明らかなものである。
「左目、もう見えないの?」
蛙が不安そうな表情で訪ねて来た。昨日の戦いで石竜子は黒虎の鋭利な爪で左目を裂かれて、片目は失明してしまったのだ。
「うん。真っ暗。まあ両目じゃないだけマシだよ」
石竜子は蛙を心配させまいと明るい言葉を返した。しかし、石竜子の言葉は事実でもある。
多くの犠牲者を出した昨日の戦いで、自身の犠牲が片目だけで済んだのだから非常に幸運である。
「よしっ! これで最後だね」
石竜子は最後の英雄の遺体を埋葬した後、静かに頭を下げた。
彼らの犠牲によりこの大地に再び、平穏がもたらされたのだ。
気がつくと辺りの木々や地面が夕焼けに染められていた。
これでお別れである。途端に石竜子は心のそこから寂しさが湧き上がって来た。
「ほな兄ちゃん達。またな」
「鴉さんこそ元気で」
夕焼けに染められた無数の黒い翼はこの世界の何物よりも美しく、それでいて逞しく見えた。
「それじゃあ俺もいくぜ」
「狸さん。狼さんを守れなくてすみませんでした」
「気にするな。は自分の御意志でお決めになりお前らに手を貸したんだ。こうなる事もきっと予想の範囲内だっただろうよ」
石竜子は心の内で鉛のように重く垂れ下がっていた罪悪感がゆっくりとなくなっていくのを感じた。
かつては意見の対立で、一触即発寸前だったのにも関わらず、慰めの言葉をかけてくれる関係になったのだ。
「お元気で」
「ああ」
狸が夕日に照らされた森の中に姿を消した。協力者達がいなくなり森の中に静寂が漂い始めた。
石竜子は静かに夕日を眺めながら、時折吹く風に心地よさを感じていた。長いようで短かった激闘が終わったのだ。
しかし、石竜子には最後にやることがあった。
「亀くん。蛙さん。僕、どうしても行きたいところがあるんだ。よかったら一緒に来てくれない」
「いいよ」
「この際、どこへでも」
「ありがとう」
二匹の同意に石竜子は感謝の言葉を伝えた。
その日の夜、石竜子達は今日の埋葬の疲れのせいか、泥のように深い眠りに着いた。
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