鉄槌
「うおー!」
石竜子は怒り狂う龍の如く、黒虎に迫っていく。自身の足とは違い、鴉の飛行速度はかなりのものである。
上空から黒虎の動きを観察出来て体力を消費しない分、黒虎の攻撃に集中出来る。
黒虎の頭上では鴉の仲間達からの投石が絶えず、続いていた。
「いけー!」
石竜子と鴉が黒虎に迫った瞬間、ピタリと石の雨が止んだ。
その隙に黒虎の鼻に二本目の鉈を差し込んだ。吹き出た鮮血が石竜子の顔を濡らした。
「くそっ! 今度は鼻か!」
黒虎が唸り声を上げながら傷つけられた鼻を何度も、爪で掻いている。
「よしっ!」
着々と黒虎を追い詰めている。石竜子などの弱い生き物達が群れをなして、虎に対抗できる龍のような存在に変貌したのだ。
「図にのるなよ!」
黒虎が怒りをむき出しにしながら、石竜子と鴉に鋭利な爪で斬りかかってきた。
「まずい!」
直撃まであと少しのところで視界の端から白い毛皮が見えた。
狼である。彼が黒虎の前足に食らいついて、石竜子と鴉への攻撃を防いだのだ。
「ぐはっ!」
「狼さん!」
「うっ!」
突然、黒虎の顔色が途端に悪くなった。おそらく動きすぎたせいで、鳥兜の毒の効果が大きく発症し始めたのだ。
「くそっ! これ以上はまずい!」
「逃がさんぞ」
狼が額から血を流しながら、逃亡しようとする黒虎の足首に噛り付いていた。
「ああ! 鬱陶しい! 邪魔だ!」
黒虎が自身の足首を粉砕しそうな勢いで、狼を鋭利な爪で切り裂いていく。
肉が裂けて、骨が折れる音が石竜子にも聞こえた。白雪のように美しく白い毛皮が鮮血で真っ赤に染まっていく。
黒虎が傷だらけになった足首を引きずりながら、逃走していた。
「狼さん!」
「俺に構わず早く行け!」
石竜子は首を縦に振って、逃亡者に首を向けた。その時、視界に沈みかけた夕焼けが映った。
「鴉さん。ここで降ろしてください。あとは僕だけでどうにかします」
鳥類は夜になると周囲のものが見えなくなる。石竜子はその状態で飛行させるのは極めて危険だと判断したのだ。
「そうやな。わかった。頑張ってくれ」
鴉の声に背中を押されて、石竜子は鉈をグッと強く握った。
地面には黒虎の居場所を記しているように血痕と足跡が続いていた。その先を見ると影に包まれた草むらが見えた。
石竜子は草陰の中を警戒しながら進んだ。もしも見えない左目の方から奇襲攻撃を仕掛けられたらどうしよう。その時に対処できるのか。
しかし、黒虎自身も体力は限界。この先で身を休ませていてもおかしくはないのだ。
「むっ!」
血の匂いと獣の臭いが強くなって来た。この先に目標がいる。足取りは慎重にそれでいて、速く進めた。
草陰から飛び出すと、そこは断崖だった。
その上には茜色の空がどこまで広がっていた。あまりの美しさに見とれそうになったが、宿敵の姿を見てその気持ちも霧散した。
石竜子の予想通り、黒虎が身構えていた。
しかし、先ほどまで放っていた強い殺意は一切、感じず着々と弱っているのは火を見るよりも明らかだった。
等々、鳥兜の猛毒が黒虎の全身を蝕んだのだ。もう勝敗は決まった。怨敵は時期、絶命する。
石竜子は死にそうになりながらも、未だに殺意をぶつけてくる黒虎が惨めで哀れに思えて来た。もうこれ以上、手を下す必要性がない。
そう感じた石竜子は静かに踵を返した。元に来た道を戻ろうとした時、後ろから大きな物音が聞こえた。
「ここで終わるわけにはいかんのだ!」
黒虎が重そうな体を引きずり叫び声を上げながら、奇襲を仕掛けて来た。
石竜子は傲岸不遜な獣に嘆かわしさを感じながら、重い溜息を吐いた。
「終わりだ」
石竜子は鉈を黒虎の右目に投げつけた。黒虎が叫声を上げながら態勢を崩した。
その瞬間、疲労と痛みのせいか、黒虎の前足が崖から離れた。
「ば! 馬鹿な! こ、こんなことが! この俺がああああ!」
黒虎が断末魔を上げながら、遥か下の崖に落下した。石竜子は豆粒のように小さくなっていく殺戮者に哀れみの目を向けた。
壮絶な激闘は静かに幕を下ろした。
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