差し込む光は暖かく

「まずい!」


 石竜子は死の危険を感じて、身を逸らした。しかし、前足が鉈に触れて、不規則な態勢で何度も回転し、地面に激突した。


 鉈の持ち手が真っ二つに割れて、体と後頭部を強く打ち付けたせいで、意識がぼんやりとしていく。


「まっ、まずい。意識が」

「隙あり!」


 黒虎の爪が迫ってきた時、突然、真横に弾き飛んだ。

「彼には手出しはさせん!」


 狼が石竜子を奇襲から守ってくれたのだ。黒虎を鬼のような形相で睨みつけている。


「まあ良い、まずは貴様からだ!」


 狼が自分を助けてくれた安堵感からか、途端に意識が薄れていく。黒虎の唸り声や、狼や他の獣達の闘志を孕んだ雄叫びが聞こえる。怒号と殺意が飛び交う戦場の中、徐々に音が遠くなっていった。



「あれっ、ここは」

 気づくと暗闇の中にいた。一切の光が差さないどこまでも続くような深い闇。


 耳をすますと、誰かの声が聞こえて来た。蛙でも亀でも狼でもない。


 その声はいつかの夢で聞いたことのある声だ。


「おい、俺の子供。よく聞け。てめーの親父は飛んだくそやろーだ。力に溺れて仇を必要以上に痛ぶって殺したりもした。他人の屍で敷かれた道なんて間違いなく地獄にしか続いてねえ」


 以前とは違い、はっきりと聞こえる。口調は荒々しいが五臓六腑を優しく暖めくれるような聞き心地の良さを感じる。


「俺は地獄に行くだろう。だからお前の活躍を地の底から見守っている! それから生きていく中で辛いことが必ずある。その時は溜め込まず、思っ切り悲しめ! 泣いてもいいから悲しみを明日に持っていくな! そして! 自分に誇りを持って生きろよ」


「お前は一人じゃない。父親にも母親にも愛されていた。愛しているぞ! 絶対に! 絶対にだ!」


 石竜子は水底から引き上げられるように意識が戻っていくのを感じた。


 目の開いた時に飛び込んで来たのは視線を背けたくなるような酸鼻極まる光景。


 

 消えかけた意識の中で聞こえた声。今なら、その正体がなんとなく分かる。


「ありがとう。父さん」

 石竜子は背中に装着した予備の鉈を構えた。

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