廃れた牙に光を

日が昇り、朝食を済ました後、石竜子は来たる戦に備えて、石鉈で素振りをしていた。


「お前達は黒い虎に関する情報を集めてくれ。そして、協力者してくれるやつがいるかも探して見てくれ!」

「了解!」

 狼が雀や土竜などの小動物に黒虎に関する情報を捜索させた。


 空から地中にかけて情報網を張っていく事で発見する確率を格段に上げる算段だろう。


 さらに石竜子の友である亀と蛙も水中や水辺から情報集めを始めた為、森の全ての生物にコンタクトが可能な状態である。


「すごい。こんなにもみんなが協力してくれている」

 一つの巨大な障害を打ち砕くために無数の生物が種という垣根を超えて、力を合わせているのだ。石竜子はその希望に満ちた光景に心が震えた。



「石竜子くん。君には感謝しているよ。正直、俺は怖かったんだ。奴に立ち向かうのが。いずれ奴を止めないといけないのは分かっていた。でも勇気が出なかったんだ」

 狼が表情に影を纏いながら、つらつらと述べていく。


「俺は目の前で生き物が殺されていくのを黙って見る事しかできなかった。立ち向かえば、救えた命があったかもしれないのにな」


 石竜子は彼を咎める気にはなれなかった。何故なら自身も同じだからだ。恐怖のあまり草陰で震える事しか出来なかった。


「ニンゲンに家族を殺された時もそうだ。俺は弱くて木陰で怯える事しか出来なかった。だから過去の償いとして他の生き物達に手を差し伸べていた。彼らは俺を慕ってくれているが、俺は自分が救われるためにやっている。ただの利己的な奴だ」


「そんな事ない! 過去の自分と向き合おうとしているんだ。勇気がなかった自分を反省して、他者に手を差し伸べたんだ。とても慈悲深く優しい行為です!」


 石竜子は狼が自責の念に囚われまいと必死に思いを投げかける。


 一度、囚われてしまえば、取り外すのは難しい。だからこそいち早く、取り払いたいのだ。


「それに貴方がどう思っていようと彼らは助けられたんだ。貴方が今日まで彼らの命を繋いだんです。だからみんな協力してくれている。だからそんなに自分を責めないでください」


「そうか、ありがとう」

 狼が落ち着いた様子で笑みを浮かべた。石竜子はその笑顔に切なさを覚えた。

 おそらく完全に救えたわけではないだろう。


 しかし、少しでも彼の心が軽くなれば良いと石竜子は切実に思った。


「おーい!」

 川に向かっていた亀が慌てふためきながら、普段なら想像もつかないような速さで石竜子の元に走ってきた。


 何かを必死に伝えようとしているのか、亀が息を切らしながら、胸を落ち着かせている。

「どうしたんだい?」


「さっきに聞いたら、見たってさ。黒い毛並みの虎」


 石竜子の心臓が強く脈打った。横にいた狼も剣呑とした雰囲気を漂わせている。


「どこに向かったかわかる?」


「北の森の方角らしい」

 石竜子は狼と顔を見合わせて、現地に向かう準備をした。


 狼の背に乗せてもらい、森の中を颯爽と駆け抜けていく。脳裏に故郷での光景が浮かび上がる。


 今まで何度もフラッシュバックした凄惨な過去。それと決別する時が今、目前に迫っているのだ。


「狼さん。奴を発見しました。北の森の中にある大樹の木陰で鹿の遺体を食べていました。」

 偵察に向かっていた雀の報告により、黒虎の居場所が把握することができた。


 

 しばらく走り続けて、北の森のすぐ近くに着いた。森は死んだように静けさが漂っている。


 緊張感のあまり心臓の鼓動がしっかりと耳に伝わる。突然、脳天を突くような異臭が鼻腔に侵入してきた。


 おそらく黒虎が口にしていた鹿の死体の臭いだ。


 

「ここからは僕達は別行動だ」

 目的地の前で二手に分かれることにした。石竜子と狼達は陸。亀と蛙は黒虎が川岸に逃げてきた際の奇襲係に回った。


「石竜子くん。どうか無事で」

「うん。お二方も」

 石竜子は強く踵を返した。ついにこの瞬間が来た。喉から手が出る程、焦がれた瞬間だ。しかし、緊張か恐怖のせいか手足が震えている。


 武者震いだと自分に言い聞かせながら、諸悪の根源の元に赴いた。


 夕刻が迫り、紅い光を纏った大樹を背に、黒虎がまるで迎えるように立っていた。



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