黎明の刻

 夕方になり森が茜色に染まっていく頃、石竜子、亀、蛙は狼とその仲間達と共に夕食を摂っていた。


 石竜子は目の前にあるご馳走を口いっぱいに頬張りながら、英気を養っていた。


 近々、戦いが起こる。彼の内側から闘志とともに不安感も顔を出していた。


「不安か?」

 右隣に座っていた狼が彼の心情を察したように顔を寄せて来た。


「ええ、まあ」

 怨敵を打ち取れる喜びとともに付き纏う死の不安。親友の仇を取れるのなら命など惜しくない。


 そう思っていたが、彼も一匹の生物。修羅場に突入する際に不安を覚えるのは当然である。


「ねえ、狼さんには家族はいないの?」

 戦いに赴くという事は大切な存在を取り残すことになる。そのような存在がいるのか気になったのだ。


「いねえな」

 狼は憂いを帯びたような目で静かに呟いた。

「まさか、黒虎に?」


「いや、そいつのせいじゃねえんだ。人間だ」

「ニンゲン?」

 狼が静かに頷いた。石竜子も故郷にいた際、親友から聞いたことがある。二足歩行で獣よりも体毛の薄い生物。


 ニンゲンのせいでいくつかの生き物を滅んでしまい、荒れた森もあるらしい。


 石竜子は見たことはないが、恐ろしい存在として認識していた。


「風の噂だと、あいつらの中にも改心したやつがいたらしくて、環境破壊を止めようとしたやつもいるらしい。まあ改心したところで死んだやつは戻ってこないけどな」


 そういうと、狼が勢いよく目の前にある鹿の肉に食らいついた。






 大宴会の後、コオロギの演奏を耳にしながら石竜子は戦いに備えて、予備の石鉈を作っていた。


 戦闘中に破損してしまえば、彼が戦う術がなくなってしまうからである。


 石竜子の横では蛙が何やら筒状の物を作っていた。その周りには無数の針が綺麗に並べられている。


「蛙さん。それは吹き矢?」

「そうだよ。亀さんの背中に乗せてもらって水上から遠距離攻撃しようと思ってさ」


「名案だね」

 近距離戦しか戦闘手段がなかった石竜子にとって遠距離での攻撃が出来るのは非常に大きな進歩である。


「武器作りか随分と精が出ているな」


「狸さん」


「その、さっきは悪かったな」

 狸が申し訳なさそうに頭を下げた。おそらく行方を塞いだ事だろう。


「いえ、でも狸さんはなんであんなに狼さんのことを慕っているんですか?」


「昔、飢えて死にかけた時に食いもんを取って来てくれたのさ。命を救ってくれた恩がある」

 狸が嬉々とした表情で狼との出会いを語った。


 石竜子は狼が何故、ここまで他の動物達に好かれているのか理解した。


「ここにいる奴らはみんなに恩があるのさ」


 狸の視線の先に目を向けると、狐やイタチなどが心地よさそうに寝息を立てていた。


「んじゃ。俺はもう寝るからお前らも早く寝ろよ」


「はい。おやすみなさい」


 石竜子は狸に会釈をすると、鉈の整備に戻った。


 頭上では勤勉に作業を行う彼を見守るように無数の星が瞬いていた。


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