森の主

 獣たちが大海を割るように二つに分かれた。その奥から凄まじい存在感を放つ獣がゆっくりと近づいてくる。


かしら

 狸が露骨に狼狽始めた。石竜子自身も狼の身から放たれる気迫に圧倒されている。


「ですが、此奴らはよそ者です」

「よそ者であったとしても、同じ母なる大地で懸命に生きる同胞だ。無下にしてはならん」


 狼。この森の長だ。雪のように白い体毛。その鋭い眼光からは森の長の威厳が漂っている。


「お前さんか。さっき、黒虎を倒すと言っていた奴は」


「はい。その為に故郷の森から遥々ここまできました」

 石竜子は胸に渦巻く想いを包み隠さず、吐き出した。横にいる亀や蛙も黒虎の姿そのものは見たことがないものの、残酷さを知っている。


「奴が殺戮を犯している場面を目撃した事がある。あれは異常だぞ。」

石竜子は深く頷いた。忘れた事など一度もない。故郷での悲劇と旅の道中で見かけた死屍累々。そのどれもが酸鼻極まる光景だ。


「こう言っては申し訳ないが、君達だけで勝てるとは到底思えない。」

 狼が石竜子の目を捉えて、言い放った。



「確かに戦わないのも一つの手だ。過去の悲劇を受け入れて、これからを生きていく。それも悪くはない。黒虎ももしかしたら殺戮の果てに命の価値に気づくかもしれない。でもそれはいつだ。あいつを野放しにしていたら次の被害者は確実に生まれる。僕はそれだけは絶対にしたくないんだ。親友を殺された。親もいなくてどこにも拠り所がなかった僕に居場所を与えてくれた存在だ。もっと恩を返したかった。僕が彼にもっと与えたかった。あんな心が引きちぎれそうな苦しみをもう誰にも味わってほしくないんだ」


 石竜子は断腸の思いで周囲に語りかける。嘘偽りのない誠の言葉だ。


「親友がそれを望んでいると思うか? お前の勝手な正義感ではないのか?」


「貴方の言う通り、これは間違いなく仇討ちだ。でも僕だけじゃ絶対に勝てない。でも相手も一体だ。生き物一体の能力には必ず限界がある。群れになればあいつを倒せる可能性が上がるはずだ」


「奴を倒すことはできるのか?」


「分からない。でもやるんだ。行動するしかない。行動を起こさない限り何も分からないし、何も変わらないままだ」

 石竜子は鉛のように重く、硬い意志を発した。


「三匹だけでは不安だな。俺も協力する」

 狼が先ほどのような強張った表情を崩して、口角を上げた。


「いいんですか?」


「おう。小ちゃいやつだけだと不安だしな」

 石竜子と亀、蛙は感謝の念を込めて、頭を下げた。


かしら,正気ですか!」


「ああ、逃げていても仕方ない。それにこんな小動物三匹が喧嘩ふっかけようとしているのに俺が及び腰になっていたら格好つかねえよ」


 そういい狼が石竜子に笑みを向けた。石竜子は狼の頼もしさに胸を打たれて、強く頷いた。


 鋭い牙と爪を持つ大型の肉食獣が仲間に付く。これだけで勝率は飛躍的に上昇する。


「なら、頭がやるってんなら俺も協力します! あんたには恩がある」

 先ほどまで石竜子達を拒んでいた狸が名乗り出た。


「おっ、俺も!」

「そうだ!」

「やってやろうぜ!」

 先ほどまで石竜子達に殺意を向けていた獣達が一斉に協力的になった。


 恐怖や不安が伝染するように、勇気もまた周囲に伝わる。希望は降りかかる絶望をかき消すほどの輝きを放つのだ。


「みなさん。ありがとうございます!」

 石竜子は何度も頭を下げた。周囲に張り詰めていた緊張感はいつのまにかなくなり、和気藹々とした雰囲気が流れていた。

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