通せんぼ

 石竜子と亀、蛙は夏の残暑続く山中を進んでいた。力強く土を踏みしめて、どこまでも続くような山道。


 この一歩一歩が黒虎を討伐することに繋がると思えば、自然と力が湧いてくる。


「なんとか冬までには見つけ出したいね。石竜子くん」


「そうだね。僕達は冬になると全く活動が出来なくなるからね。それまでに奴を打ち倒したい。この手で必ず」


 石竜子や亀、蛙は変温動物。体温が下がってしまうと活動できないため、冬場などは地中で冬眠を行う。つまり、活動するための時間が限られてしまうのだ。


「それに先生から想いを託されたからね」


 自身の死期が近いことを理解していながらも、石竜子達に稽古をつけてくれた兜虫。石竜子は全身全霊を持って、彼の悲願を果たしたいのだ。


 石竜子は定期的に後ろを振り返り、仲間達の安否を確認する。あと少しのこの急な坂を乗り越えられる。


 そう意気込んで、力強く一歩を踏み出した時、近くの茂みが揺れた。そこから灰色の体毛と目元が黒い獣が出てきた。狸だった。


「なんだなんだ」

 石竜子は突然の出来事に思わず、後ずさりをした。


「ここからはかしらの土地だ。通ることは許されねえ」

「なんで? 森のみんなのものだよ」


「とにかくだ!」

 狸が暴論で石竜子達の行く手を妨げてくる。

 

「通してくれ! 僕たちには行かなければ理由があるんだ!」

「そうだよっ! なんで意地悪するのさ!」

「お願い!」

 石竜子達は必死に説得を試みる。本来なら口論に時間を割いている暇などない。


「なぜ、そうまで行きたがる!」


「黒い虎を追っている! 見つけ出して討伐するために!」


「黒い虎だと!」

 狸があからさまに動揺を始めた。どうやら心当たりがあるようだ。


「知っているんですか」


「ああ、噂程度にはな。各、森を荒らしまわっている奴だろう。しかし、ここを通す理由にはならない」


 石竜子は負けまいと口論を続ける。それに森を縄張りと言い張り、独占する理由がまるで分からない。


 同種間でのテリトリーを巡る争いならともかく、自身は石竜子である。奪う気は毛頭ないし、むしろ妨げになることもない。


「ほっておいたら、次の犠牲者が出るかもしれないだろ!」


「うるさい! 引き返さないというのなら!」

 狸が天高く雄叫びを上げた。すると森の茂みがガサガサと揺れ始めて、周囲に異様な雰囲気が漂い始める。


 茂みの中から無数の狐やイタチが幽霊のように姿を現した。あまりの数に石竜子は思わず、生唾を呑んだ。


「くっ」

 どうやら、話し合いの余地はないらしい。周囲を取り囲む無数の殺意を感じ取り、石竜子は静かに鉈を握ろうとした。


「まて」

 獣たちの背後から低く凛々しい声が聞こえた。途端、周囲に漂っていた無数の殺意が一瞬で無くなった。


 獣達の視線の先に目を凝らすと、目を見張るほどの美しい獣が見えた。

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