想い
石竜子達が兜虫の元で修行を始めてから、七日が経った。
蛙の吹き矢の技術はみるみるうちに上がっており、亀の潜水技術も以前とは比較ならないほど長時間潜れるようになっていた。
皆、成長している。皆が切磋琢磨していると自身のモチベーションアップにも繋がりやすい。
石竜子は引き続き、視覚以外で敵の動きを捉える訓練を行なっていた。
以前は一、二回しか当たらなかった攻撃が徐々に的中率が高くなってきた。
「はっ!」
石竜子は兜虫に対応できるようになってきていた。彼の絶え止まぬ努力と黒虎の執念の賜物である。
「てりゃ!」
しかし、兜虫も必死に対抗してくる。動きに慣れてきたとはいえ、相手は無数の同種を相手にした猛者。一筋縄ではいかないのだ。
石竜子と兜虫は空が茜色に染まるまで、切り株の上で闘志をぶつけ合った。
「修行は今日で終わりだ。そしてそなたらに言っておかなければならないことがある」
兜虫が深刻そうな雰囲気を漂わせていた。言葉が喉元まで出かかっているが、言うのを躊躇っているように見える。
「なんですか?」
「私の命はこの夏で終わる。いやおそらく近々、死ぬだろう」
石竜子自身、なんとなく悟っていた。今まで生きてきた中で夏を越した兜虫を見たことがない。
どれほど強い個体でも彼も生物の範疇にいるため、例外ではないのだ。
「打倒黒虎。そなたが私の想いを継いでくれるのだ。ならこれほど光栄なことはない」
「想いですか?」
「ああ、想いとは生きた証、願い、思想や志だ。それを今、生きる者に託す。そうする事で託された者の永遠に生き続けることができる」
兜虫が何かに期待を馳せるような遠い目をする。彼は夏しか生きることができない。それはつまり黒虎を倒すことは叶わない。
だからきっと、石竜子達に託したのだ。自身の胸に抱いた想いを。
「ついてきてくれ」
石竜子は一抹の疑問を抱きながら、亀と蛙と共に兜虫の後を追った。
向かっている場所は亀がいつも修行していた川の近くだ。すると兜虫が立ち止まった。
「あれを見よ」
兜虫が指したほうに目を向けると無数の蛍が発光しながら、夜空を舞っていた。
まるで星々が地上に舞い降りて、川の上で光り輝いているようだ。
石竜子はあまりの美しさに目を爛々と輝かせながら、魅了された。亀や蛙も同様に純粋無垢な子供のような瞳で蛍を眺めている。
「とても綺麗」
「どうだ。美しいだろう」
「ええ、とても」
「この蛍が美しいように命とは美しく、泡沫のように儚いものだ」
兜虫の言葉が水紋のように広がっていく。命のきらめき。それはこの世界に生まれたからこそ知ることが出来るものだ。
むやみやたらに摘むことがどれほど罪深いことか、この蛍達の命の灯火を見れば一目瞭然だった。
「美しいな、、、」
その一言を最後に兜虫は動かなくなった。
「先生。あなたの想い。僕が確かに受け継ぎました」
蛍はさらに輝きを増した。石竜子には兜虫が蛍に交わって輝いているようにも見えた。
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