リスクを背負って

 自切。彼やその仲間が天敵に襲われた際に切れた尾を身代わりにして逃げる捨て身の策。彼の種族にとって、最終手段である。


 しかし、これには相当なリスクがある。まず、常に存在していた尾がなくなるという不安感による精神的なストレス。


 さらに尾には栄養を蓄えているため、肉体的ストレスを受けることになる。


「よいか、戦いでは休む間もなく敵と接戦を行うこともある。当然、疲労も出る。そなたの場合、戦いの際に尾が切れてしまう可能性がある。それでも戦闘を継続させるためには切れた状態でも可能な限り、冷静さを失わないようにするのだ」


「ではいくぞ!」

 兜虫が勢いよく、石竜子の尾を断ち切った。切られた瞬間、言いようのない脱力感が体を襲った。


 そして、予想していた通り、尾が切れたことで体は身軽なはずだが常にある場所に尾がない。


「うっ、なんだ。この違和感」


「はっ!」

 兜虫が凄まじい速さで迫ってくる。石鉈を構えたが、いつもと体幹が違うせいか、ぐらついてしまった。


「ぐはっ!」

 石竜子は兜虫の強烈な突進を腹部に受けて、あまりの痛みに思わず声を漏らした。何より尾がないだけで体が動かしづらいのだ。


「まだまだ」

 石竜子は石鉈を再度、握り立ち上がった。不安定な体に鞭を打ち、兜虫の元へ走り出した。


 しかし、違和感は未だに彼の精神を蝕んでいる。兜虫が目にも止まらない速さであたりを動き回っている。


 朦朧する意識の中、必死に兜虫の動きを捉えようとする。しかし、全く捉えることが出来ない。


「てりゃ!」

 兜虫が角を四方八方から突きまくる。豪雨のように降り注ぐ攻撃に石竜子はただ踊らされるばかりだ。


「そうか」

 石竜子の脳裏に状況の打開策が出てきた。目で追うと場所を特定した瞬間、腕を振るう。


 だからタイミングが相手に読まれて、避けられてしまう。意識が朦朧としている中、目で捉えることは高確率で誤認を起こすリスクがある。


 石竜子は目で追わず、視覚以外の五感で捉える事にした。


 鱗越しに触れる風の音。足で木の表面を擦る音。石竜子は意識を研ぎ澄ましていく。


 石竜子は強烈な殺気を感じ取り、真後ろに鉈を振りかざした。


 するとちょうど兜虫が真後ろに向かっていた途中だった。驚いたように角を構えて、石鉈の奇襲を受け止めた。


「驚いたぞ。あの極限の錯乱状態の中で私の動きに感付くとは」


 兜虫は目を丸くしていた。石竜子自身も驚いた。


 まさか、視覚情報以外で相手を取られることが出来るなど想像もしていなかったのだ。


 石竜子は自分の可能性に胸が踊った。

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