修行
川岸の近くで石竜子は二匹の仲間達と兜虫から稽古をつけてもらっていた。
石竜子は鉈の素振りと身の振り方。蛙は吹き矢を教わっていた。
石竜子は近距離での攻撃で、彼女が水面や川岸からの援護射撃という役割だ。
亀は石竜子や蛙を甲羅に乗せて水中を移動するため、潜水時間と泳ぐ速さをあげる特訓がメインだ。
重石がつけられており、溺れそうな事が起こった時のために、兜虫が横目を光らせている。
「私に全力でかかってこい」
石竜子は鉈を片手に兜虫の元に駆け出した。振りかざした瞬間に兜虫がひらりと横に交わした。
無防備になった腹部に彼の象徴であるツノで挟み込まれた。
「ぐへっ!」
抜けようと抵抗するも凄まじい力で圧迫される。
「動きが硬いぞ。もっとその体を生かした柔軟な動きをするのだ」
石竜子は兜虫が何度も鉈を降るが、一向に当たらない。兜虫の素早く、隙のない動きに翻弄される。
「遅い!」
「ぐっ!」
再び、角で挟まれて凄まじい力で持ち上げられた。頭頂部が逆さになり、頭に血がのぼる。まるで赤子同然である。
ゆっくりと降ろされて、血の気が引いていくのが手に取るように分かった。
「良いか、戦の時こそ冷静になるのだ。怒りや焦りに任せた判断は誤った選択を招くことがある」
兜虫の意見は的を射ていた。石竜子は兜虫から一本、取ろうと必死になり、冷静さを合間合間で忘れてしまっている。
相手の動きを一つ、一つに目を凝らして次の動きを想定する。理屈では分かっているが目の前の攻撃に対応するので手一杯だ。
「怒りを使うとき、それは二つの場面だ。一つは自身が戦闘で瀕死になりそうな時だ。生きようとする生存本能と対象への怒りが絡まり合い、心臓の鼓動を早めるのだ。そしてもう一つは敵に一撃を与える時だ」
「いくぞ!」
兜虫が真正面から攻めてきた。石竜子は意識を集中させて、故郷での悲惨な光景を思い出す。
石竜子の脳裏で記憶のテープが擦り切れそうなほど、過去の惨劇を巡らせていく。
怒りで体が一気に熱くなっていくのが分かった。奥歯に負荷をかかり、力が強くなっていくのを感じた。
「ぬっ!」
兜虫を徐々に後ろに押している。石竜子は前足に力を込めて、鉈を押し込む。
その瞬間、体が羽毛のように軽くなり、態勢が前のめりになった。兜虫が突如、後ろに下がったのだ。
「てりゃ!」
そのまま、角ですくい上げられる形で、空中に投げ出された。視界で世界が何度も回った後、地面に背中から落ちた。
「いてて、惜しかったな」
「先ほどはなかなか、良かったぞ」
ほんの少しとはいえ、石竜子は兜虫に打ち勝った。それだけでは彼の中では大きな前進だった。
「次はそなたにとってはかなり厳しい修行内容になるかもしれんが、それでも良いか」
「はい!」
「ではそなたには尾を切って、私と対峙してもらう!」
兜虫の口から告げられたさらなる試練に石竜子は血の気が引いていくのを感じた。
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