悔恨という鎖

 既視感が脳裏を駆け巡る。鹿や猪、鳥や蛇などの死体が森のあちらこちらに散らばっていた。


 木々の葉や生い茂った草には赤黒い血が飛沫のようにかかっており、死体にはどれも噛み跡や鋭利な爪で傷つけられた跡があった。


 首と胴が千切れた瓜坊、顔が潰された鹿、腹から引き裂かれた蛇などどれも目も当てられないほど悲惨な物ばかりだ。


 石竜子の後を追ってきた二匹も眼前に広がる凄惨な光景に目を見開いていた。

「な、なんだよこれ」


「血の匂いが新しい。という事は」


「おそらく昨日だ」

「酷い」

 そして、草むらを歩いていると見覚えのある毛を見つけた。


 黒の中に白が混じった毛だ。石竜子の中で当事者が確定した瞬間だった。


「黒虎」

 石竜子はその死体を一つずつ、確認して行くうちにどの死体にも捕食した痕跡は一切ない事が分かった。


「明らかに殺戮を楽しんでいるね」

 蛙が遺体の山を恐る恐る、確認していく。以前もそうだ。黒虎は手にかけた生き物に口をつけていないのだ。


 自身の娯楽として、他者の命を摘んでいる。


「くそっ、僕が一日でも早く着いて入れば」

 石竜子の中で沸々と怒りが湧き水のように溢れ出る。それと同時に己の不甲斐なさを実感する。


 討伐できる手段があったとしても、相手に与えなければ意味がない。


「君のせいじゃないよ。仮に昨日であったとしても勝てなかったかもしれない」

「でも!」


 石竜子は自責の念に囚われそうになった時、肩に誰かが触れた感覚がした。


 目を向けると蛙がいた。彼女は悲哀に満ちたような顔を浮かべている。


 

「冷酷なことを言うかもしれないけど、時を巻き戻して、なかったことにすることなんてできない! 『もしも』とか『こうしていれば』なんて仮定の話は後悔しか生まない!」


 蛙のまっすぐな言葉と視線が胸に深く刺さる。彼女の言うことは間違いないではない。


 しかし、理屈では分かっていても感情がその意見を許さないのだ。

「でも!」


「私だってそう! 初めて、川の外に出て蛇を襲われた恐怖をなかった事なんてすることなんてできない! でも今は貴方達がいる! 貴方達が勇気をくれたの!」


 汚泥のような負の感情に飲み込まれそうになった石竜子に光明が指していく。 

 石竜子は蛙との出会いの日々を思い出した。過去の出来事により、井戸に立て篭もり、束の間の桃源郷に身を置いていた時だ。

 

 しかし、トラウマと決別して新しい道に行こうとしている。


「ありがとう」

 石竜子の中で感情の荒波が静まり、落ち着きを取り戻した。


 かつて自分が助けた存在に、今度は彼が助けられたのだった。

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