対策

夕暮れ時の空の下、石竜子は動揺していた。心臓を冷えた手で鷲掴みされたような胸の苦しさを抱きながら、目の前の出来事に目を見張っていた。


 茜色の陽に照らされた親友の姿があったのだ。

「んじゃー、また明日ー」

「だめだ。行かないでくれ。そっちは危険なんだ。お願いだ! いかないでくれ! 」


 石竜子は何度も叫び声をあげた。しかし金蛇が振り返ることはなく、草むらに向かっていく。


 すると視界の端から白い靄のようなものが出て来た。


 金蛇の後ろ姿が霞んでいき、やがて濃さを増した靄に包み込まれて何も見えなくなった。



「おーい、おーい朝だよ」

 ぼんやりとした視界が定まっていき、亀の顔が映った。


「ん、夢か」

「大丈夫。うなされていたみたいだけれど」

 亀が不安そうな表情を石竜子に向けた。石竜子は寝ぼけ眼を擦り、心配をかけまいと笑みを浮かべて、静かに首を横に振った。




 穏やかな風が緑の絨毯を優しく揺らす中、石竜子は一匹で真剣な趣で草の根をかき分けていた。


「うーん。見当たらないな」


 旅の仲間である亀と蛙と黒虎に対抗できそうな物や武器になりそうなものを手分けして探しているのだ。


 石竜子は陸地を、蛙と亀は水辺付近を担当している。戦うとはいえ、鉈一本で黒虎に挑むのは無謀と言える。そのため、戦いに有効な手段を探しているのだ。


 さらに言うならば黒虎だけではない。森や川には自分達を狙おうとする天敵もいる。そのような魔の手から己の身や大事な友を守るためにも武器は必要なのだ。


 蝮と戦った時、自身の鉈がほとんどダメージを与えなかった。蛇一匹に対しても効力がないのでは、黒虎を打ち倒すのは夢のまた夢である。


 鉈を強化するのも一つの手だが、それだけではおそらく倒せない。それと石竜子自身も腕力が強くないため、重傷を負わせるのは難しいのだ。


「外からダメージが当てにくいのなら内側から与えればいい。だとしたら」

 石竜子は脳をフル回転させて、思考を巡らせる。そして、一つの妙案が浮かんだ。


 毒である。毒なら体内に入れさえすれば、どの生物もダメージを負う事になる。


 彼は毒草を探す事に決めた。毒キノコが一つの案として頭に浮かんだが、石竜子達には持ち運びがかなりの苦労を強いられるので却下した。


 しかし、いくら探しても一向にお目当ての毒草が見つからない。


「少し、場所を離れるか」

 石竜子は草むらからやや離れた湿気が漂う沢筋辺りを捜索することに決めた。


 草原に漂う清涼感とは違い、じめっとした空気が流れる沢筋。捜索を続けて三十分ぐらいが経過した。


 そろそろ亀や蛙達の動向が気になって来た頃、ふと視線を上げたとき石竜子は目を丸くした。怪しげな雰囲気を漂わせる紫色の植物が生えていたのだ。


「これは故郷の近くで見たことがあるぞ。友が毒を持っていると言っていた」


 石竜子はこの花に見覚えがあった。鳥兜。この植物の塊根には強力な猛毒があり、口にすると嘔吐、呼吸困難、臓器不全など引き起こし、死に至るほどの強力な毒が含まれていると伝えられている。


 金蛇の話によると皮膚や粘膜からも吸収されるため、直接触るのは非常に危険なのだという。

「よし!」


 石竜子は茎を切り落とすために亀と蛙を呼びに川に向かっていた。


「おー石竜子くん。ごめんよ。ヘンテコな石ころしか見つからないよ」

「私も」

「ううん、仕方ないよ」

 石竜子は二匹に鳥兜について説明した。毒草と伝えると二匹とも不安げな表情を浮かべていたが、黒虎を倒すきっかけになると説明すると同意してくれた。


 石竜子がまず、茎を切り落とす。そのあとに木の蔓を残った茎の部分にくくりつけて、亀が塊根を引きずり出すという作戦だ。


 そして、蛙が肉食獣や天敵の存在を知らせるため、あたりを監視している。



「てりゃ!」

 鉈で力一杯振りかざした。しかし、無情にも何度も跳ね返されて尻餅をついた。


 茎が挑発するように前後へと揺れる。尻についた土を払い再度、鉈を叩き込む。


 諦念など過ぎる間も無く、何度も鉈を叩きつけていく。


「頼む! おれろ! 折れてくれ!」

 この鳥兜があれば、友の仇を打つことが出来る。亡き親友への想いと黒虎への執念が石竜子の中で灼熱の炎のように燃え盛っていく。



「いっけー!」

 渾身の一撃を与えた。すると茎が折れて、ゆっくりと大地に向かって倒れた。

「よしっ!」

 

 石竜子は木の蔓を残った茎に括り付けて、もう一方を亀に噛ませた。

「亀さん。頑張って!」

「任せて!」


 石竜子の目的はあくまで地中に埋まっている鳥兜の塊根。これを引きずり出すには三匹の中で最も力持ちである亀が適役である。


「グググッ!」

 亀は歯を食いしばり、必死な形相で蔓を引いているが、地中に深く埋まっているせいか、中々引っ張り出すことが出来ない。


 足首がズブズブと地面に飲み込まれそうになっても懸命に動かす亀。


 すると彼の雄姿に応えるようにゆっくりと茎が土の中から姿を現していく。


「よしっ! あと少しだ! 頑張れ! 頑張れ!」

 石竜子は必死に声援を送る。それとともに肺腑の底から感動を覚えた。


 仲間が自分の目的のためにここまで真摯に協力してくれている。石竜子にはそれが嬉しくてたまらなかったのだ。


「うおー!」

 亀のけたたましい叫びとともに、勢いよく細長い塊根を地面に引きずり出した。


「やったー!」

 石竜子は嬉しさのあまりに声を張り上げた。彼の横で蛙も嬉しそうに飛び跳ねている。

 

「ありがとう亀さん!」

「いいってことよ」

 先ほどのような重労働を行った後でも、爽やかな表情で応答する亀に石竜子は心から尊敬の念を抱いた。


「さあ、塊根を回収しよう」

 石竜子は直接、素手で触れないように何重にも重ねった葉で塊根を挟んだ。


 石で磨り潰して、葉で包んで数個作ったのちに蔓で作った籠に入れた。


「これで奴を倒せる」

 石竜子の心に光明が差し込んだ。力量の差はあるかもしれないが、武器や道具、何より仲間たちと戦えば、勝てる可能はある。


 すると不意に森の方から強い風が吹いた。思わず、目を瞑り顔全体に風を受けた。


 その時、石竜子は急に顔をしかめた。僅かに血の臭いを嗅ぎ取ったのだ。


「おい、どうしたんだ!」

「えっ? ちょ! 石竜子!?」

 石竜子は後ろから呼ぶ亀や蛙の声を置いて行くように臭いのする森の方に走り出した。


 近づいて行くにつれて、臭いが強くなっていく。


「ここか」

 視界を遮る生い茂った葉を退けると、石竜子は眼前に広がる光景に目を疑った。

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