第2話 親しき中には礼儀無し

 それからの日々は今までの怠惰な日常とは違い、非常に有意義なものだった。平日は学校の備品の点検や運動部が使った後のグランドの整備、空き教室の掃除。休日は運動部の練習試合の際の荷物持ちから、不法投棄されたゴミの処理など様々な活動を行った。それに、とても素敵な仲間達も出来たんだ☆。


 一人目は俺たちボランティア部の部長を務めている生徒会長の一ノ瀬啓介。一見冷たいクール系イケメンだけど実は誰よりも人の為に頑張れるナイスガイ。二人目は坂本太郎。三人目は影無佐助。無類のラーメン好きで、常に影が薄い男子だ。さらに俺の親友でもある優治と俺を入れた五人がこの部活のメンバーさ!


 あれ?俺、前までこんなのりだったっけ?おかしい、何かがおかしい。いや、何かっていうか全体的におかしいだろ。


 中学までめんどくさい事が嫌いで部活動なんて入っていなかったのに何急に献身の心に目覚めてんだよ。一体何が原因でこんな事に…一瞬白昼夢かと思いスマホを開き時間を見てみると確かに時間は過ぎており、あの悪夢の様な時間が夢でない事が半ば証明されてしまった。


 「どうした、まるで夢から覚めたみたいな顔して」

不意にそんな声がして顔を上げると優治がいた。どうやら声を掛けてきたのは優治だったらしい。俺は今まで自分の身に起こっていた事を包み隠さず優治に話した。


「…成程、そんな事が…いや、お前がこんなつまらない嘘を吐くわけないか」


「優治お前ってやつは」


 俺は優治の言葉に目頭が熱くなり、咄嗟に俯き手で押さえた。その際に偶々、本当に偶々優治のカバンの中を見てしまったのだが、そこには『誰でも善人 催眠術編』と書かれた本が入っていた。どうやら俺はここ数日間洗脳されていたらしい。


 本当に優治、お前ってやつは


「なあ優治。一つ聞きたいんだが、そのかばんの中に入ってる本について聞いてもいいか」


「…スゥー、悪いとは思ってる。」


「やっぱり原因はお前か…一応聞いておいてやる。何でこんな事したんだ?」


「部屋の掃除をしてたら出てきて、ほら読んだらつい実践したくなるだろ?」


「いや、なるだろじゃなくて友人に何してんだお前は、」


俺が優治でも間違いなく試してたけど…

「お前が俺でも試してただろ?」


「ぐっ」

何故こいつはこんなにも鋭いのか…本当に他人の心が読めるんじゃないかとさえ思わされる。どうせこのままではあいつにいいように言いくるめられるだけなのだから、俺は話を変えることにした。

 

「なあ、優治。ラノベっぽいって普通女性部員が少なくとも一人はいるもんじゃないか?」


「成程、そう言うのもあるよな。ただ、よーく考えてみろ、女性部員のいないラノベ、新しくないか?」


「いや、新しくはないだろ。それ以前の問題だよ。誰得だよ、ヒロイン一人もいない状態で始まるラノベって」


「…ほら、三枝先生がヒロインっぽいポジション的な?」


「いや、あの人既婚者だろ。しかも、部活始まってから一度も顔出してないぞ」


「…まあ、そういう約束だったしなぁ」

おい、それ先に言え。いやまあ、それ先に言ったら俺が来ないの見越して隠してたんだろうけど


「尚更女性部員の必要性が増したな優治。俺は女性部員が来ないんならこの部活を辞めるぞ」


「なっ、そんな…この前約束したじゃないか。これからも俺たち一緒に頑張っていこうって」


「お前が洗脳した時な」


「くっ、分かった。そこまで言うなら連れてきてやってもいいぞ。でもいいのか?連れてきても多分部長としか話さないぞ?」


 た、たしかにそこは盲点だった。元々部長の人気は学校1、その近くに俺がいても金魚の糞としか認識されない。もしかしたら、それ以下の評価かもしれない。


「…それはやっぱりやめよう。俺が辞める事にするわ」


 その答えに優治がちょっと待てと俺の腕を掴んで必死に説得してきた。

「この部活を辞めても日常を無為に使う怠惰な日々に戻るだけだぞ、考え直せ」


「優治…俺はあの怠惰な日々に戻りたいんだ。邪魔をしないでくれ」

ふう、言ってやったぜ。これであいつも諦めてくれるだろ。てか、思った以上にしつこかったなこいつ、それだけボランティア部に愛着があったのか?まあ、五人いないと部活として成立しないしな。


 まあ、それでも俺が辞める事は変わらないが、そんな俺に優治はさらにまったをかけた。

「なあ、俺としてもお前のラノベっぽい部活って話はお前の事を騙すための嘘じゃなくてガチで考えてる話なんだぜ」


「そう言うことはヒロインっぽい女子を連れてきてから言おうな」


「なあ願、お前本気でラノベヒロインがその辺にうようよいると思ってるのか?」


「いや、別にうようよはいないと思うけど、探せば一人くらいいてもおかしくないだろ」


「じゃあ、お前の言うラノベヒロインってどんな奴だ?」


「それはほら、ツンデレとか先輩先輩って来てくれる後輩とか清楚で優しい大和撫子とか…」


「いいか、アニメみたいなツンデレなんてこの世に存在しないし、先輩先輩って来てくれる後輩って言ってるけどそれ先輩のコミュ力が高い場合に限るし、清楚で優しい大和撫子ってそれ一目でわかる事じゃないから。しかも、表でそうでも裏で性悪だったらそれはそれでお前、絶対文句言うだろ」


「えっ、あっはいなんかすいません」

あれ、これ俺が悪い流れなのか?俺部活入ってあげてる側じゃないの?いや入るって言ったのは俺だけど。


「いや、まあ確かに俺としても入ってもらってる立場でこんなこと言うのもあれだけど、お前は少し高望みし過ぎって話。そんなわけでそこまで言うなら自分でいい人見つけて貰おうって事で」


 そう言い、優治は自分のカバンから一枚の白紙のルーズリーフを取り出した。そして、俺にそれを渡し、自分の椅子を俺の机の前に置いて座った。


「えと、これは?」


「それはお前がボランティア部に必要なラノベっぽい要素を書くメモ帳だ。お前にとって満足のいく部活動の理想を書いてくれて構わない」

急に好きな事って言われても。まあ、出来るかは問われてないし、とりあえず学園もののラノベによくある設定から考えるか…そうして、書いていると優治が唐突にルーズリーフを奪ってきた。


「おい、勝手にとるなよ。それまだ途中なんだ」


「まあ落ち着け、もしかしたら本当にどうにかなるかも知れないぞ?」

そう言う割には優治の顔が険しいのが気になり軽く茶化してみた。


「な、まさか空からヒロインがって案が採用されるのか?」


「いや、そっちじゃなくて、学生の相談に乗るってほう」


「ああ、何だそっちか。まあ、こっちは案外簡単に通りそうだよな。一ノ瀬先輩も個人的に生徒の相談に乗ったりしてるしな」

俺の言葉に反応して優治の顔が更に険しくなった。


「いや、あの人はかなり厳しい人だからそう言う軽い気持ちで提案するのは辞めた方がいいと思うぞ」


「?、軽い気持ちって一応俺が提案しようとしてるのは慈善事業だぞ」


「いや、そういう問題じゃないんだよ」

そう言った優治はその後、「まあ、提案してみると言い。正直、聞かないで言った方が成功しそうだしな」といいそれ以上その事について答える事はなかった。いや、取り合えず言ってみろよと思わなかったと言えば嘘になるが優治がああいう以上なんか理由があるんだろう。


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