第15話 プロット

 家で仕事をする今のスタイルは七海という邪魔があれど、思いのほか作業効率は良かった。

 前は近くのファミレスまで行くのに10分、それから長居し続けるのを遠慮してさらに5分の喫茶店に行き、帰り道も10分かかる。

 またずっと座ったまま作業をしなくてはならず、途中で一度どうしても作業効率が落ちてしまったり、なかなかひとりでは次につなぐための発想が思い浮かばなかったりもした。


 だが、今の環境ではそれらすべてが改善されている。


 まずは通勤時間。これは言わずもがな、0分に変わった。


 そして長時間による疲労だが、これも七海の勧めで買った昇降式デスクである程度の改善を見せた。これはデスクの高さが可変式になっているもので、座ってキーボードを叩くこともスタンディングで作業をすることも可能にしてくれる代物だ。これのおかげで、肩が凝ってきたら立って作業をするなど効率に大きな影響を与えた。


 最後の問題も、隣に七海がいることで解消される。ときおり彼女からヒントを得ることができたり、自分から相談することもあった。そしてそういうときの七海は意外にも茶化すことなく悩みを真剣に考えてくれる。


 というわけで風太の作業効率は格段に上がった。

 よって、少しばかりタスクに余裕がある状態が生まれたのだった。


「プロットだけでも書いてみるか……」

「え、なに、あの編集さんが言ってたやつ?」


 どれどれと言わんばかりに七海が体を出して風太のパソコンを見てくる。

 ちなみに七海は絶賛FPSのゲームをプレイ中らしく、頭にはヘッドホンが乗っている格好だ。


「って、なんも書けてないじゃん」

「今からプロット立てるって言っただろうが!」

「プロット?」

「あ? ああ、プロットってのは、物語のあらすじをさらに肉付けしたみたいなもので、それ書いてから文章を書き始めるんだよ。おおざっぱに結末とか決めておかねえと、あとあと困るからな……」

「へー」


 興味なさそうに自分のゲームに戻っていく七海。

 聞いておきながらその態度はどうかと思うが、別に特に言うこともない。


「七海は俺たちの物語を書くとしたら、どんな感じに進んでくと思う?」

「えー、どうだろー」


 七海は少し顔を伏せて考えると、また顔を上げる。


「まあまず恋人になるよね、普通」

「ほう」

「それで段々と仲が深まっていって、でもどこかで引きこもりを解消しようとする人間が出てくるんだよ。『お前は引きこもりのままじゃいけない、そこにいたら腐る』っていうかんじかな? でも風太くんがやってきて『お前に何が分かるんだよ、世間の常識を押し付けるな』ってその男を殴り返して、わたしのために争うの。そしてそこで仲をより深めたわたしと風太くんはそのまま夜に体を…………」


 とそこまで語っておいて、風太が黙っていることに気が付いた。

 なんなら少し引いている。


「…………みたいな展開をね、わたしだったら考えるかなって感じ! あの別にそういうの考えてたとかじゃないから‼ 似たような話を読んだことがあるだけだから! ね! そんな引かないでくれるかな⁉」 

「いや、ずいぶんと具体的に出てきたものだから驚いてるだけだ」


 風太は七海の説明に思いのほか感心してくれていたようだ。

 危なかった。危うく常日頃、七海がそんなことを妄想していることが風太に露見してしまうところだった。そんなことが知られてしまったら、もう七海はお嫁には行けない。


「でも、や、やっぱり、れ、恋愛小説にはなるのか……」


 そして遅れて風太も七海とそういう関係になっているのを想像したのだろう、顔を赤くして七海の意見を肯定した。


「そ、そうしたら、終わりはどこになるんだ……?」

「どこに、なるんだろうね……」


 お互いに窺うような視線を向ける。

 そしてぱちりと目があったら、逸らすの繰り返しだ。


 なんともウブ、なんともじれったい二人である。


「まあプロットは、後回しにするか……」

「が、頑張って」


 微妙な空気感の二人だった。


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