第14話 先は長い

「ねえねえ、風太くん」

「言うな、多分同じことを思ってるから」


 担当編集の長峰がいなくなったあと。


 二人は顔を見ながらはあ、とため息をついた。


「あの担当編集、ぶっ飛んでない?」

「あー! 口に出しやがったな?」

「いやだって、わたしたちの話を小説にするとか、馬鹿げてるでしょ」


 その七海の言葉には風太も全面的に同意だったが、それは口に出さなかった。


「いやまあ、たしかに俺たちの関係って普通じゃないもんな。だから長峰さんが食いつくのもわかるけど」

「でもそれを本人に書けって言う? 普通」

「言わない」

「だよねえ」


 七海は疲れていたのか、ごろんとベッドに倒れこんだ。

 ようやく緊張が解けて、疲れが押し寄せたらしい。


「あの人も、っていうか編集者ってみんなあんな感じだからな……。ネタがあったら飛びつかないわけにはいかない人種だ」

「長峰さん? だっけ。見た目は普通の人に見えたんだけどなあ」

「編集者を普通だと思うなかれ」

「なにその格言」


 七海は「んっ……」と言って部屋着を一枚脱ぐ。

 するとそこには、キャミソール一枚の無防備な姿が現れた。


「おい、あんまり油断しすぎんなよ」

「なんで、いいじゃーん。せっかく邪魔者も消えたんだし」

「邪魔ものかよ」

「邪魔ものだよ。我らの愛の巣に入り込んできた、外来種だよ」


 外来種、という言い方がなぜか面白いと思った風太だったが、それはそれとして聞き捨てならないワードもある。


「なんだよ、愛の巣って。第一お前は家賃払ってないから、どっちかって言ったら借りぐらしだろ」

「なんだっけ、ラ〇ンツェル?」

「違う、ア〇エッティだ」


 というか、そうじゃなくて。


「別にお前と俺は恋人関係じゃないだろ」


 ただ一緒に住む同居人という関係。

 七海と風太の関係は、それ以上でもそれ以下でもない。それが風太の認識だった。


 いや、七海も同じ認識だと思っていたが。


「いやいや、これを機に……みたいな?」

「何のきっかけもないだろ」

「……熱愛発覚記念、みたいな?」

「何の記念だ」


 そもそも熱愛などしていない。

 あと微妙にスキャンダル調なのが気になる。


「でもさあ、長峰さんも絶対に最初わたしたちのこと恋人だと思ってたと思うよ? わたしたちの物語って、もしかしたら彼女の頭の中ではラブコメだったりして」

「まああの人はああ見えて恋愛脳だからそういうところはありそうだが……」

「いいじゃん。別に恋人になっても」


 そう言った七海の目は、思いのほか真剣だった。

 少なくとも風太の目には、七海が冗談で言っているようには見えなかった。


 そもそも、二人が出会ってから風太は一度も七海の本心というものが分かったことがない。それは彼女が女優だから、演技が上手いからというのもあるだろうし、彼女が隠したがっているからでもあるだろう。

 あるいは、風太が深入りしないように気を付けているからか。


 だとしたら、もしかしたら七海はずっと「風太と付き合いたい」と思っていたのだろうか。


 いや。


「馬鹿なこと言ってんじゃねえ。そんなの、俺がお前の弱みに付け込んだみてえじゃねえか」

「真面目だなあ。ってか、付き合ってると思われること自体は悪くないんだ?」

「悪くないだろ別に。七海と付き合ってるなんて、名誉以外の何物でもないと思うが」


 その言葉に、ぐっと七海の体温が上がる。

 だが、七海も期待はしない。思い上がりはしない。


「でもそれは、わたしも本気にしないから――でしょ?」


 その言葉を拒否してほしいと片隅で思いながらも、七海は試すように聞いた。


 それに対し、風太は表情を崩さず答える。


「ああ。俺とお前が本気で付き合うなんてこと、ないだろ。こんな芋みたいな顔でせかせか仕事ばかりしてる人間、お前には釣り合わない」

「そりゃまた、上等な断り文句だねえ」

「本心だよ」


 七海は相手にしなかったが、これは風太の本心だった。


 七海と付き合えたら、そう風太が思ったことは数が知れない。ただでさえ七海は美少女であるのに、それが同居という形で距離が近いから、風太も意識せざるを得なかった。


 だがそのたびに浮かぶのは、「自分なんかが」という考えだ。


 風太は彼女がいたことがない。しかし、中学、高校と好きだった人はいた。


 中学ではずっと好きで、そして同じ部活ということもあり距離も近かったからある程度の勝算をもっていた。

 そしてあえなく撃沈。


 今度は高校。その時は中学の時のトラウマからさらに慎重になって、そしてまた振られた。


 風太の恋愛に対する自己肯定感の低さは、成功体験のなさから来ていた。


 こじらせた風太が行き着いたのは、「自分なんかが女性と付き合えるはずがない」という思考だ。


 ましてや七海は芸能界にいたころにたくさんの顔の良い男を見ているはずだから、ありえないだろうと思っている。


「変なこと言ってないで、早くシャワーでも浴びてこいよな。汗、におうぞ」

「ひどー! 女子に対してそのいいようはないんじゃないですかねえ~」


 そんな風太の心境を七海は知らない。

 彼女は彼女で恋愛に対して臆病だ。


 だからこそ、この同居生活は平行線をたどりながら時間だけ進めていく。


 彼らが交わるのは、まだまだ先の話だ。




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